1931
(昭和6年)
白木屋全館竣工後、片岡安の引退を機に「石本建築事務所」と改称、新たな出発となった。開設当初は銀座の片隅で海老原一郎とたった二人での船出であったが、その後、立原道造、武基雄、西山卯三など、多くの建築家が事務所を支えた。建築設計界のリーダーシップを発揮した興隆の時代である。
写真:石本喜久治による横山邸、第2案構想スケッチ