『分離派建築会100年展 ~建築は芸術か?~』

大正時代、日本の建築界に鮮烈なインパクトをもって現れた新星たちがいました。日本で最初の建築運動とされる「分離派建築会」です。大正9年(1920年)、東京帝国大学建築学科の卒業をひかえた同期、石本喜久治、滝澤真弓、堀口捨己、森田慶一、矢田茂、山田守によって結成され、その後、大内秀一郎、蔵田周忠、山口文象が加わり、昭和3年(1928年)まで作品展と出版活動を展開しました。

結成から100年目の2020年。本展覧会は、図面、模型、写真、映像、さらには関連する美術作品によって、変革の時代を鮮やかに駆け抜けた彼らの軌跡を振り返ります。

分離派建築会が希求した建築の芸術とは何か。日本近代建築の歩みのなかで果たした彼らの役割を、新たな光のもとに明らかにしていきます。

(主催者HPより引用)

『分離派建築会100年展 ~建築は芸術か?~』

会場・スケジュール

■東京会場
パナソニック汐留美術館 2020年10月10日(土)~12月15日(火)
 終了しました。展覧会情報は引き続きホームページに掲載されています。

■京都会場
京都国立近代美術館 2021年1月6日(水)~3月7日(日)

主催

パナソニック汐留美術館、京都国立近代美術館、株式会社朝日新聞社

協賛

株式会社石本建築事務所、株式会社アール・アイ・エー、株式会社山田綜合設計

学術協力

分離派建築会100年研究会

~「分離派建築会」とは~

1920年(大正9年)2月に、東京帝国大学建築学科卒業を控えた6人の学生、石本喜久治(石本建築事務所創業者)・瀧澤眞弓・堀口捨己・森田慶一・矢田茂・山田守により結成された。当時の東京大学では、佐野利器が中心となり耐震構造などの建築の工学面に重きを置いた教育や研究が展開されていたが、分離派建築会はこの状況に反発し、建築の持つ芸術性を主張するために発足した。
その後、逓信省営繕課にいた山口文象、早稲田大学の蔵田周忠、1学年下の大内秀一郎の3名が加入し、1928年(昭和3年)まで、百貨店での展覧会や出版活動を通して、自らの理想の建築像を社会に発信した。わずか8年間の活動ではあったが、グループとそのメンバーがその後の近代建築に与えた影響は計り知れない。
明治から大正にかけて独自の様式を模索する当時の建築界にあって、建築における芸術性の開放を目指した、若者たちによる瑞々しい活動は、「日本で最初の近代建築運動」として歴史に刻まれている。

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