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Scene 4

演じる

劇場や音楽ホールは、演者と観衆が出会うところだ。
かつて演者と観衆の間にははっきりとした境界があり、あちら側とこちら側とに分かれていた。
しかし今では、両者の関係は固定されているわけではなく、観る人が時には演じる側に立つこともある。
現在の文化施設には、こうした開かれた上演施設であることが求められている。
また、演じる場は必ずしも劇場や音楽ホールといった文化施設に限らない。
商業施設やスポーツ施設も時には上演空間となる。
石本建築事務所が手掛けた代表作や最新作から、演じる場となる様々な建築を見ていこう。

(ライター:磯 達雄)

本格的な舞台で市民も「演じる」

源頼朝が幕府を開いた古都・鎌倉は、文化的な土壌も豊かであり、文学、美術、芸能など幅広い分野の文化人がここに居を構えた。演劇や音楽を鑑賞する施設に対する要望も高く、求められる施設の水準も高い。それにこたえて1993年に竣工したのが鎌倉芸術館だった。大ホールと小ホールのほか、展示ギャラリー、集会室、会議室などを備える。座席数1500席の大ホールは多目的ホールとしてつくられているが、自立走行式3連音響反射板を備えたことにより、音楽専用ホールに匹敵する音響性能を実現している。一方、座席数600席の小ホールは客席の一部を平土間にすることも可能で、現代演劇、古典芸能、ダンスなど幅広い上演形態に対応する。竹林の中庭を囲んで回廊状に巡るホワイエも自慢の空間。ビュッフェで提供される飲食とともに、幕間のひとときを贅沢に演出する。鎌倉では、市民が自ら上演する側として参加する文化活動も盛んで、この施設は鑑賞する場であるだけでなく、創造する場でもある。恒例となっている「第九」の演奏会では、毎年、公募によって組まれた合唱団が、練習を重ねて大ホールの舞台で歓喜の歌を歌い上げる。オープン当初から行われている人気企画だ。
作品概要

鎌倉芸術館

■ 所 在 地 神奈川県鎌倉市 ■ 階  数 地上4階 地下1階 ■ 建築面積 6,919m2 ■ 竣  工 1993年
■ 建 築 主 鎌倉市 ■ 敷地面積 11,536m2 ■ 延床面積 21,350m2

様々に変化するステージ空間で「演じる」

石本建築事務所は劇場・ホールの分野で評価の高い建築を数多く手掛けてきた。特に、ひとつの空間を変化させて多用途に使うことができる多目的ホールの設計では、いくつもの先進的な事例がある。京都府公館との合築で建てられた京都府立府民ホール アルティは、その代表作だ。音楽を中心として様々な舞台芸術に対応する施設で、舞台の上部と両側には音響反射板が用意され、これを開けるとプロセニアム形式の劇場に、閉めるとシューボックス型の音楽ホールになる。さらに注目すべきは床の機構で、舞台と1階客席の床面は94の面に分割されており、それぞれが電動昇降で高さが変わる。座席もその床下に収納されており、階段状の客席から平土間に変えることはもちろん、四方が客席に囲まれた舞台や、花道のように延びた舞台を設けることも可能だ。これを生かしてこのホールでは、これまでにファッッションショーや能の上演など、様々な形式の上演を行ってきた。毎年恒例の人気プログラム、チェロ・アンサンブルのリサイタルでは、舞台の下手側にも座席を設けて、より多くの客が鑑賞できるようにしているという。可動式客席により空間を大胆に変えるタイプのホールを近年では全国各地で見かける。アルティはそうしたものの先駆けであり、そしてこれほど細かな床設定ができるホールは今でもほかになさそうである。使う側の創造性を刺激するパフォーミング空間だ。
作品概要

京都府立府民ホール アルティ

■ 所 在 地 京都市上京区 ■ 階  数 地上4階・地下1階 ■ 建築面積 2,669m2 ■ 竣  工 1988年
■ 建 築 主 京都府 ■ 敷地面積 4,473m2 ■ 延床面積 5,381m2 ■ 設計者 京都府土木建築部営繕課・石本建築事務所

木造の大架構の下で武を「演じる」

「演武」という言葉がある。武道もまた演じられるものである。大分県立武道スポーツセンターは、サッカーJリーグの公式戦でも使われる屋根付き総合競技場(昭和電工ドーム大分)の隣に新しく設けられた、武道を中心とするスポーツ競技のための施設だ。メイン競技場と武道場、それぞれに架かる屋根は、日本刀をイメージさせる優美なシルエットを見せる。壁や天井に大分名産の別府竹細工をあしらったエントランスホールを抜けて、中へと入ると大空間が広がっている。武道場は約100m×24mの広さで、剣道や柔道などの武道が行われる。メイン競技場は約81m×40mの大空間で、ここはバスケットボールやバドミントンなどでも使われるものの、中心となるのはやはり武道の競技だ。ともに屋根の架構は、木造の体育館でよく使われる大断面集成材ではなく、大分県産のスギ製材を組み合わせて用いている。製材による屋根架構としては、日本最大規模という。繊細な木造の架構空間の下では、日本の伝統的な武道が映える。また競技者にとっても、日頃、鍛えている道場の延長として、しっくりと馴染む空間となっているのではないだろうか。
作品概要

大分県立武道スポーツセンター(昭和電工武道スポーツセンター)

■ 所 在 地 大分市 ■ 階  数 地上3階 地下1階 ■ 建築面積 14,551m2 ■ 竣  工 2019年
■ 建 築 主 大分県 ■ 敷地面積 1,243,400m2 ■ 延床面積 16,125m2

ショッピングの楽しみを増やすべく「演じる」

商業施設も時には演じる場となる。ららぽーと横浜はショッピングセンターやシネマコンプレックスのほか、およそ270もの物販店・飲食店を擁する大規模ショッピングモール。カーブする通路や、ところどころに設けられた円形の吹き抜け空間が、広大なショッピングゾーンの中で自分の居る位置を認知しやすくするともに、長い距離を飽きることなく歩かせる仕掛けとなっている。商業エリアの中心部に位置するのが「セントラルガーデンKiLaLa」。モールとモールを結ぶ結節点に位置し、円形のバルコニーとブリッジで囲まれた外部空間だ。そこにはステージが設けられており、土曜・日曜を中心としてイベントが開催されている。ダンスチームが踊りを競うイベント、プロ野球の横浜DeNAベイスターズのファン感謝デー、アイドルグループのミニライブなどが催されている。ステージの前には席が並べられて、そこに座って鑑賞している人もいれば、広場を囲む各階のバルコニーや、レストランのテラス席からパフォーマンスを眺めている人もいる。商業空間と上演空間の間に境界はなく、ショッピングの合間にたまたまそのパフォーマンスと出会った人が、引き込まれてそのまま見入ってしまうということもしばしばだ。
作品概要

ららぽーと横浜SCプロジェクト

■ 所 在 地 横浜市都筑区 ■ 階  数 地上6階・地下1階 ■ 延床面積 226,611m2 ■ 基本設計 石本・Buchan Group International Pty Ltd
■ 建 築 主 三井不動産株式会社 ■ 敷地面積 102,002m2 ■ 竣  工 2007年

庁舎前のオープンスペースで「演じる」

そして庁舎も、演じるための場となる。埼玉県新座市の市庁舎がそうだ。庁舎があるのは、武蔵野の雑木林がそのまま残る平林寺境内の真向かい。市民はもちろん観光客も集まるスポットである。バス停を下りると出迎えてくれるのが、市民オープンテラスだ。これは新しい本庁舎と既存の第2庁舎とをつなぐ通路の途中に位置し、その床を拡張させる形でステージ状の床を張り出させたもの。通路の庇の連続として、屋根もかかっている。手前には芝生の緩いマウンドがあり、ここを客席にしてテラスをステージにすることもできるし、駐車場側と連携させた大きな催しもできる。いろいろな使い方が想定できるスペースだ。市では以前から市庁舎とその周辺を使ったイベントを定期的に開催していた。そうした際にこのスペースが役立つのはもちろんだが、普段でも市民が弁当を食べたり、なんとなく集まったりする場所にもなっている。この市民オープンテラスは設計当初のプログラムからの変更を経て、賑わいを生み出そうと考えた設計者の提案により、あくまでも通路の拡張として実現したものだという。それが市民をどう刺激して、演じる場として生かされていくのか、楽しみだ。
作品概要

新座市庁舎

■ 所 在 地 埼玉県新座市 ■ 階  数 地上5階 地下1階 ■ 建築面積 2,249m2 ■ 竣  工 2017年
■ 建 築 主 新座市 ■ 敷地面積 13,951m2 ■ 延床面積 12,735m2
Text by磯 達雄
1963年埼玉県生まれ。88年名古屋大学工学部建築学科卒業。88〜99年『日経アーキテクチュア』編集部勤務。2000年に独立。02年から編集事務所フリックスタジオを共同主宰。桑沢デザイン研究所非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師。共著書に『昭和モダン建築巡礼』『ぼくらが夢見た未来都市』『ポストモダン建築巡礼』『菊竹清訓巡礼』『日本遺産巡礼』など。