1937年(昭和12年)、東京帝国大学工学部建築学科を卒業後、立原道造は石本建築事務所に入所している。
設計の仕事を行いながら詩人としても才能を示した生涯を思うと、1939年(昭和14年)に病没するまでの僅か2年間は途方もない活動量であったと思われる。

「彼こそ今日でいうところの<目に見えぬもの>を目に見えるように設計し得る、数少ない建築家の一人であったろうということである。-武基雄」(石本建築事務所50周年記念誌より)

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