デザインストーリー
川越市斎場

地域の風景となる鎮魂の火葬場

小江戸とも称される、歴史的街並みが残る埼玉県の川越。そこに市が建設した公共の火葬場だ。道路を挟んだ向い側には、市の葬祭場が既に建っている。これが切妻の瓦屋根だったことを考慮して、その架構を踏襲。エリア一体での落ちついた葬祭儀の景観をつくり上げている。内部も声高に主張するデザインではなく、儀式の諸室は奥に進むにつれて天井高を上げていくといった空間演出で故人の尊厳を表した。また複数の葬家が同時に利用する際にも動線が交錯しないよう、 エントランスホールをさりげない仕切りで分けるなど、儀式の厳粛さを保つ工夫も随所に。葬祭場の設計での豊富な実績が生かされた設計となっている。

歴史的な建物が残る小江戸の町で

正面から見えるのは、幾重にも重なった瓦の大屋根。庇の影と木立の間からわずかに見える壁は銀鼠色のタイルで覆われる。敷地は川越市の市街地が田園の風景と変わる際に位置する。川越といえば、歴史的な街並みが残る小江戸として有名。中心部には、黒漆喰を用いた蔵造りの建物が並ぶ。その情景は、住民はもちろんのこと、市外の人々にも愛されている。 道路を挟んだ向かいには、市営の葬祭場である「川越市民聖苑やすらぎのさと」が2000年に完成。同じく石本建築事務所によって設計されたこの葬祭場も、大きな切妻の瓦屋根を載せた建物だった。二つの建築は一対となって、地域の景観をつくりあげている。設計を担当した赤﨑氏は語る。「やすらぎのさととの調和を図るとともに、川越ならではの鎮魂の風景をつくること。この火葬場を設計するうえでまず考えたのはそれでした」。

いぶし瓦と銀鼠色のタイルを用いた外観は、川越の中心街に建ち並ぶ蔵造りの建物(右)を想起させる

斎場設計での経験を生かして

石本建築事務所は斎場の設計で高い評価を得てきた実績がある。例えば国内の優秀な建築作品に与えられるBCS賞を、浦和斎場(1980年)、山武郡市広域斎場(1987年)、メモリアルトネ(1990年)と、斎場で3度も受賞している。赤﨑氏もこれまで斎場の設計を担当してきた。千葉県南房総市の安房聖苑(2012年)では背後の山並みとの調和が屋根の形によって図られ、東京・葛飾区の四ツ木斎場(2016年)では、都市的な文脈に合わせてシャープなデザインが採られている。「斎場は迷惑施設として受け止められることもあります。周辺住民の理解を得るためにも、斎場の外観は非常に大事な設計の要素です」。

瓦屋根を載せた切妻屋根や軒の重なりによって構成される外観は周囲の景観に調和する

厳粛な儀式を滞りなく進めるための動線

一方で、斎場の設計において本質的に欠かせないのは、機能性であるとも言う。「厳粛な儀式を滞りなく進めるために、動線をいろいろと工夫しました」。建物内には、見送りホール、告別室、収骨室が4つずつある。複数の葬家が同時に利用することもあるが、その場合でも動線が交錯することがないようにした。例えば、入り口は3箇所に設けて出入りをスムースにした。エントランスホールは中央にスクリーン状の障壁を立てたダブルコリドール方式とし、通路として2つに分けることによって動線の交錯を防いだ。告別室の前には、入室時の人だまりが他の葬家の邪魔にならないよう、アルコーブを設けている。車寄せの上には大きな屋根を架け、かつ、ガラスの防風スクリーンで覆った。これは強風時に雨がかかって棺を濡らすことをさけるために設けたという。石本建築事務所の斎場設計のノウハウが、こうした平面の設計に生かされているといえる。

エントラスホールの分離帯(左)や車寄せの防風スクリーン(右)は儀式を滞りなく進めるための工夫

さりげなく象徴性を高めるディテール

もちろん内部も機能性だけにこだわったわけではない。儀式の場にふさわしい象徴性も備えている。特徴として現れているのが断面で、告別室や見送りホールでは天井が奥に行くに連れて高くなっている。これは「荼毘に付された故人が、天へと昇って行くイメージ」だという。また、これらの諸室では照明器具を見せない間接照明として、演出効果を高めている。そのほか、この建物のインテリアデザインにおいては、通常、目にするものをいろいろ視界から消し去っている。炉前扉の仕上げに周囲の壁面と同じ石材を用いて目立なくしたり、天井の照明を隠して間接照明にしたり、空調の吹き出し口をなくして床面からの放射空調としたり、トップライトや雨樋も見えないようにしたりした。そうしたディテール・デザインの積み重ねによって、さりげなく象徴性の高い空間が実現しているといえるだろう。

告別室(左)、見送りホール(中央)、収骨室(右)では天井の断面形状と間接照明によって象徴性を高めた

思い出となるランドスケープ

そしてもうひとつ設計者がこだわったのが、庭のデザインだ。建物の各所に、それぞれに特徴を持った修景を施した。車寄せ前の「桜の庭」では大島桜、枝垂桜、江戸彼岸桜など様々な桜を植え、待合室の外側に位置する「四季の庭」では様々な植物の向こうに敷地周辺の田園風景が重なるようにした。こうした風景を眺めてもらうことによって、会葬者の心がなぐさめられると設計者は期待する。「四季折々でなにかしらの花が咲くようにしています。これを見た人が、『おじいちゃんのお葬式、桜の季節だったね』と思い出してもらえると本望です」と赤﨑氏は語る。

中庭(左)や車寄せ前(中央)など、敷地内各所に設けられた庭では四季折々の花が咲く
※所属・役職はインタビュー当時のものです。

MEMBER

赤﨑 格哉
設計監理部門 建築グループ 次長

川越市斎場

プロジェクト
メンバー

意匠
赤﨑格哉
構造
原健一郎/平間直樹
電気
本山政之/竹原由香里
機械
千代延亜弥/阪良三

作品データ

施工
大成・岩堀・梶野JV、住友・電成JV、大成温調・埼玉設備JV、富士建設工業、初雁興業、並木造園、武州瓦斯、岩堀建設工業、渋谷造園土木、山岸造園、電成社、渋谷電通工業、共和エレック
敷地面積
1万7805m2
建築面積
6536m2
延床面積
7316m2
階数
地上2階
構造
鉄筋コンクリート造
工期
2014年12月〜2017年3月
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