デザインストーリー
ミラノ国際博覧会日本館

伝統工法と最新技術を融合した立体木格子

「地球に食料を、生命にエネルギーを」をテーマに、イタリアのミラノで、2015年5月1日から10月31日まで開催された国際博覧会。その日本館の設計を、石本建築事務所が手がけた。特徴は建物のファサード全体を覆う立体の木格子。高さ4~8mの壁は、釘や金物を使わずに木材をつないでいく「相欠き(あいがき)」の手法で組み上げられている。日本の伝統的な木造建築を思い起こさせるものだが、実現にあたってはBIMによるデザインの検討や、イタリアの木材加工技術も駆使している。新旧の技術を統合したパビリオンは、現地でも大きな話題を呼び、展示デザイン部門の「金賞」を獲得した。

「多様性を抱くうつわ」

建築プロデューサーを務めたのは建築家の北川原温氏。日本の豊かな気候風土や食文化を展示する日本館のコンセプトとして「多様性を抱くうつわ」を挙げ、それを建築的に実現するものとして立体木格子というアイデアを提示した。日本の里山で営まれてきた循環型社会において基盤となってきたのが木材の活用であり、また法隆寺をはじめとして、日本の伝統建築はすべて木造でつくられてきた。しかもそれは、仕口や継ぎ手といった木の「めり込み作用」を用いた構造だ。これを現代に活かした木格子の建築は、これまでにも作られてきた。しかし今回は、2次元ではなく3次元で実現しようというのである。
「世界初の試みだろう」というのは建築設計チームを率いた榊原由紀子氏。建築設計者にとって、これは大いなる挑戦だった。

120mm角の木材にコンピュータ制御による加工を施して、4種類の相欠き部材を製作。モックアップで組み立てた状態を確認する

「相欠き」の手法で木材を組み上げる

期間限定の建物といえども木造で建てるには認証が必要となるため、パビリオンの構造自体は鉄骨造とし、立体木格子はその外側に自立する壁としている。使った木材は、日本産のカラマツ集成材。1本が120cmの長さで、途中が半分に欠き取られている。これを合わせることによって、釘を使わずに木材を組み立てることができる。日本の伝統建築で用いられる相欠きの手法だ。通常の面格子であればこの方法ですんなりと組み立てられる。しかし今回は立体格子で、3つの方向から部材が交わる。1点で交わらせるのは難しい。そこでひねり出したアイデアが、格子を半グリッドずつずらしていくやり方だった。これにより交差部は2本ずつの交差で済む。「面格子の接合法を使って、立体格子を組み立てられる方法を見つけたこと、これが設計の大きなポイントとなった」(多田聡氏)。

木のめり込み効果を用いた立体格子を現場で組み上げ、高さ12mのファサードをつくる

イタリアの加工技術を融合

解決策は見つかったが、これを合理的に設計するためには寸法や組み立て方など、様々な面から検討が必要。ここで活躍したのがBIMだった。入り組んだ形状の構造も、3Dの表現を用いることによって、関係者すべてが理解しやすくなる。「コラボレーションのツールとしても非常に有効だった」と菅原雄一郎氏はBIMの効果を振り返る。BIMのデータはイタリアの製材工場に持ち込まれ、それを用いて木材が加工された。加工精度が建物の外観にそのまま現れるだけに、その良し悪しは気になるところだったが、結果は期待以上だった。「このパビリオンは、日本の技術とイタリアの技術の融合でできたもの」と、現地で設計監理に携わったコルベッラ・マルコ氏は言う。なお、日本館の立体木格子は工事中から大きな話題を呼び、他館の作業員もみんな見物に来たという。

木材は岩手県産カラマツ材を日本から輸送して、イタリアの工場で加工した。精度の高さに日本側の設計者も満足

涼しさをもたらす環境装置にも

立体木格子は日本館のイメージを象徴的に担うだけでなく、環境的な装置としても機能する。適度に隙間がある建物外皮であり、日射を適度に遮りながらも、自然採光が可能。アプローチやイベントスペースなど、機械空調に頼らない半屋外空間では、内部に風を通して涼しさを呼び込む。空調の設計では夜間電力を用いる氷蓄熱の設備を採用。昼間の使用電力を大幅に抑えている。氷蓄熱の装置はアプローチの途中に配し、覆っている木のルーバーを動かすと見えるようにした。省エネルギーの冷房装置を展示の一部にするという試みだ。「入場待ちをしているお客さんも、これを見て少し涼しさが増したのではないか」(菅原氏)。

立体格子のファサードはVIP廊下に自然光を取り入れ風を通す。入館待ちの行列スペースにはヒノキの木育装置と組み合わされた氷蓄熱装置が置かれた

幽玄を思わせる独特の陰影

万博が開幕すると、立体木格子は日本人の繊細さ緻密さを表現するものとして、世界中から集う来場者に理解された。特に夜間は格子の隙間から漏れてくる光が、幽玄を思わせる独特の陰影を生み出し、人々を引き付ける。日本の食文化を伝える展示の面白さもあいまって、日本館は会場の中でも屈指の呼び物となった。行列嫌いとされるイタリア人が何時間も並んだというから、その人気のほどがうかがえる。会期中の入場者は228万人に達した。また会期末に発表されたパビリオンプライズの表彰で、日本館は展示デザイン部門の金賞を受賞。これは史上初の快挙だった。「建築界の日本代表として、役割を果たすことができてよかった」。榊原氏は会期を終えた時の感想を、ホッとした表情で漏らしてくれた。

立体木格子の内部をスポットライトで照らし上げた。アプローチ空間ではルーバーを前面床から光を当てている
※所属・役職はインタビュー当時のものです。

MEMBER

榊原 由紀子
プロジェクト推進室 設計・監理 次長
菅原 雄一郎
プロジェクト推進室 設計・監理 主事 BIMマネジャー
多田 聡
プロジェクト推進室 構造 設計・監理 環境統合技術室 主事
コルベッラ マルコ
プロジェクト推進室 設計・監理 デザインマネージャー

2015年ミラノ国際博覧会日本館

プロジェクト
メンバー

意匠
能勢修治/榊原由紀子/菅原雄一郎/コルベッラ マルコ
構造
横川和人/多田聡/松岡洋介
電気
旭翔一
機械
木村博則/田原雄一郎

作品データ

建築プロデューサー
北川原温+北川原温建築都市研究所
設計
石本建築事務所(建築・構造・設備)、Arup(構造・立体木格子壁)、ライティングプランナーズアソシエーツ(照明)
施工
Takenaka Europe GmbH Italy Branch
敷地面積
4170m2
建築面積
2376m2
延床面積
4390m2
階数
地上2階
構造
鉄骨造
工期
2014年4月~2015年3月
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