ホール/美術館/図書館
CONCEPT
文化的な活動を通して人々の交流を喚起する
「文化」を意味する「culture」には、「教養:教え育てること、周りに対して貢献すること」の意味があります。遺物や情報をアーカイブしてそれに接し知的欲求を満たす場、日々の成果や活動の発表する場が文化施設であり、その活きいきとした活動は人々の感動や共感を生み交流を促します。このように私たちは建築設計を通じて、人間的で文化的な生活に資する建築をつくることを念頭に設計をしています。
INTERVIEW
非日常を醸す「象徴性」と、日常に寄り添う「親近感」
畠澤:1,500席の本格的な劇場である磐田市民文化会館と、可動席によりさまざまな市民活動に対応するホールを有する境港市民交流センターというタイプの異なるホール施設を設計しましたが、共通のテーマとして、市民がエンタテイメントに触れる高揚感とともに日常使いによる親近感を得られる施設の実現を目指しました。たとえば磐田市民文化会館では、一般的には後方に配置するリハーサルや練習のための諸室を一般の市民が利用するエリアに「創造活動室」として配置して、市民の普段使いのスペースとして提供しています。
髙松:磐田市民文化会館の場合は、建設地が市の文化施設が集まったエリアにありますから、普段それらの周辺施設を利用する方が気軽に立ち寄れる、まちの「拠りどころ」になる施設になることを念頭に置きました。配置計画にあたっては、そのエリア全体の将来形も見据えながら、周辺施設と呼応する施設配置を検討しました。
大橋:対馬博物館でも実践しましたが、空間全体から細部に至るまで、その場にしかない「固有のデザイン」を見出すよう心がけています。心を込めて丁寧につくられているものは訪れる人に伝わるものだと思っていますし、汎用的ではないそれらのデザインが、来館者に訪れる価値のある体験を提供することにつながるのではないでしょうか。そのためには、そのプロジェクトの歴史・文化・地理・関わる方々などをよく知り、その中から大切にすべき要素をみつけます。それをクライアントと共有してデザインに落とし込んでいく、というプロセスが重要です。
用途の「複合」や「融合」が生み出す「交流の場」
十河:図書館については、ここ20年ほどの間でその概念が変わってきています。かつては静かに読書や勉強をすることが中心の場でしたが、昨今は、ある程度ざわざわしていることを許容する、カフェのような雰囲気の場にシフトしています。それは、図書館を「交流の場」と捉える潮流の表われです。さらに、他の用途と複合することによって、より市民の交流を促す、より図書館が活きるという考え方のもとプログラミングされる傾向が見られます。
畠澤:境港市民交流センターも、ホールのほか図書館やカフェ、学生の自習コーナーなどの複合施設です。平日の夕方に中高生を中心ににぎわう様子を目にした時は、複合化のメリットを象徴する場面として設計者として嬉しかったですね。また、隣接する市民公園との、各種のイベントのための連携利用も盛んなようです。
十河:須賀川市民交流センターの場合は、用途の「複合」を超えた「融合」に取り組んでいます。図書館という単体のカテゴリーを一度解体して、ホールや展示などの他の用途にそれぞれに関連のある書籍を分散配置するという形で再構築しています。図書館が取り扱っているものを「情報」と読み替えて、それぞれの分野に関連する情報を寄り添わせるという考え方です。その意味では、図書館は用途の「複合」「融合」と親和性が高い機能なのかもしれません。『須賀川』では、特に明確な目的がなくても市民が立ち寄って、複数の用途を横断的に利用しながら時間を過ごすという相乗効果が見られます。
この「用途の融合」については、設計時の市民ワークショップにおいて多様な属性の市民のニーズを繰り返しヒアリングし討議しました。そのプロセスが、従来にないタイプの施設像を作り上げ、実現に向けて行政や市民をつき動かすきっかけになったと思います。
大橋:今後の人口減少等により自治体も公共施設を減らす方向にある中で、従来の縦割の機能ごとに施設をつくるのではなく、複合・融合された場をつくっていくという考え方はフィットしますね。たとえば、自治体からの「市民が気軽に立ち寄れる居場所をつくりたい」といった漠然としたリクエストにも、すでにそのプロセスに関するノウハウがあるということですね。
「時間」と向き合い、「ここにしかない場所」をつくる
大橋:博物館には、その建築の寿命をはるかに超える、百年・千年という単位の資料を収蔵するという使命があります。人類の財産であるそれら収蔵品が棄損されることがあってはなりませんから、博物館という建物は、頑強な構造や安定した室内環境などを備えた、機能を重視した建物、ある種シェルターのような無機質で工業的な建物になってもおかしくないはずです。しかし実際には多くの博物館はそれぞれの特殊性をとらえた美しく象徴的なものがほとんどです。人々は収蔵品を護る博物館そのものにも時代背景や価値、建てられる地域の特性を投影できることを期待しているように思います。それは、その地域の誇りともなるし、訪れる方の記憶を醸成する場にもなります。さらに言うと、博物館は「今」建てられるものですから、今の私たちの時代も象徴するような、大げさに言えば次の時代の遺跡をつくる気概で設計に臨んでいます。
髙松:成人式や発表会など、ホールを利用するのは瞬間的だとしても、その記憶は何十年もその人とともにあります。その舞台となる建物には、その場所での誇らしい思い出と寄り添うだけの、そして市民一人ひとりの原風景となるための、時間の経過とともに風化することのないデザイン的な強さが求められると考えます。設計者として、それを強く意識して臨んでいます。
これからの文化施設に、私たちのできること
畠澤:私は、ここで紹介した2つのプロジェクトも含め、地方都市の文化施設の設計をいくつか担当しています。それぞれの設計経験を通して、地元の方が文化施設に愛着を持つことは、その街や市民にとってとても価値のあることだと考えるようになりました。建築的な均整や合理性を追求することも重要ですが、ローカルな素材や要素をデザインに織り込んだり、あえて不均質な「ムラ感」のある居場所を作るなど、その地域ならではの施設づくりをこれからも模索していきたいです。
髙松:私も、そこにしかないものを創ることが設計者の使命だと思っています。特に、祝祭の空間であるホール建築は、それにふさわしい驚きや感動を喚起するものでなければなりません。期待と高揚感をもって訪れる方々が、建物へのアプローチから玄関をくぐり、ロビーから階段を上がりホールのドアを開ける、そのシークエンスに「物語」を感じ取れるような空間づくりに努めていきたいと思います。
大橋:文化施設は人の生存そのものには直結しない施設です。それがいまもって大切にされてきているのは、逆説的にはなりますが、人間がより人間らしい暮らし方を求めることを象徴しているのではないでしょうか。そのため、良い文化施設をつくろうというクライアントの覚悟にはリスペクトを感じます。対馬博物館においても、自治体やその市民の思いに感銘を受けました。その期待に応えることが私たちの使命であると思います。
十河:図書館をはじめとする文化施設はこれからも必要なのか、という議論はいまに始まったものではありません。いまや本も芸能も芸術作品もネットなどのさまざまな媒体を通して手軽に鑑賞できますしね。でも、重要なのは、その場所で文化や芸術に直接向き合うことによって得られる「本物体験」、そして、人と人が出会うことで新たな価値が生まれる「交流体験」なのだと思います。それらの濃厚な体験を提供する場となることが建築の存在意義だと信じて、これからも創作に取り組んでいきます。