地元産のスギ製材をつないで大空間を実現
丘陵地のスポーツ公園に新設された、武道の競技を主として行うための施設だ。並行する2つの大屋根は、優美な曲面で構成されており、その姿は日本刀にもたとえられる。それはまた、周囲の山並みや隣接する競技場のドームとも呼応して、建物による優れたランドスケープを形成している。屋根の架構には大分県産のスギ製材を使用。大量の木材を無駄を出さずに調達するために、性能で4種類に分け、適材適所で使用した。設計では構造のルールを数式化してコンピューターの3Dモデルに組み込んだVPLを使用。構造と意匠をインタラクティブに検証していきながら、合理的で美しい屋根形状を詰めていった。
別府の竹細工を用いたエントランスホールの内装
大分市の中心部からクルマで30分ほど走ったところに大分スポーツ公園がある。丘陵地に開かれた253ヘクタールの園地には、2002年サッカー・ワールドカップや2019年ラグビー・ワールドカップの試合会場にもなった総合競技場の昭和電工ドーム大分をはじめとして、サッカー・ラグビー場、野球場、テニスコートなどの施設が揃っている。そこに新しく加わったのが、この昭和電工武道スポーツセンターだ。施設は武道のほか様々な屋内競技に使えるメイン競技場と、柔道、剣道など武道専用の武道場からなり、2つは並行に配置されている。メイン競技場は70x100mの広さで、バスケットボールなら4面、バレーボールなら5面、ハンドボールなら2面、柔・剣道なら8面で同時に競技を行える。一方、武道場は28x100mで、3つに分割して使用することも可能だ。1階には「交流の土間」と名付けられたエントランスホールがあり、ここでは別府の竹細工、日田スギ、国東七島藺(畳材料)など、地元の伝統的な材料が内装に用いられている。
武道の精神性とスピード感を表現した大屋根
設計を担当した浜橋正氏を悩ませたのは、メイン競技場と武道場にそれぞれ架かる大屋根をどのように形づくるかだった。「周囲には里山が広がり、すぐ隣には黒川紀章さんが設計した巨大な昭和電工ドームがある。そうした風景のなかにしっくりと馴染む形を採りたい。加えて、武道が持っている精神性や、スポーツが備えるスピード感も併せて表現したい」。考えた結果たどり着いたのが、シンプルでありながら美しい曲面の組み合わせによるこの屋根だった。その姿は日本刀にもたとえられ、武道の競技が催される場としてふさわしい。またこの屋根形状は、南からの風をうまく受け流す形でもある。昭和電工ドームから段階的にボリュームが小さくなる屋根の並びは、最初から一緒に計画されていたかのように違和感がない。建築による景観の形成は、こうしてうまく果たされた。
大分産のスギ製材で大スパンを実現する
屋根架構はプロポーザルの段階では武道場のみ木造で、メイン競技場は鉄骨造を想定していた。しかし、設計を進める段階で両方とも木造となった。この規模の大スパン建築を木造でつくろうとすれば、集成材を用いることがまず選択肢となるだろう。しかし、集成材は県内で生産しておらず、コストも合わない。そこで選んだのが、大分県産のスギ製材でつくることだった。武道場ではスギ製材をそのままつないで架構としているが、スパンが70mにもなるメイン競技場では、スギ製材をH型鋼のように組み合わせて、これを上弦材、下弦材、束材に用いることにした。設計のうえではこれでできる。しかし、木材の調達方法が壁となって立ちはだかった。木材の性能にはばらつきがある。求められる性能をもった木材を、短いスケジュールでこれだけ多く入手することは難しい。
木材のばらつきを前提にして適材適所に使用
この壁を乗り越えるために、構造設計を担当した山田憲明氏が採ったのは、木材を性能ごとに分類して、使える箇所に使うという方法だった。「木材を含水率とヤング率の程度によって4種類に分け、それぞれを適材適所に使った。メイン競技場では、例えばアーチの下弦材は一番力がかかる部材なので、ヤング率が6.4以上の木材を使う一方で、上弦材はそれほど力がかからないのでヤング率4.9~6.4の木材をあてるというように」。これにより大分県産材ですべての木材を賄うことが可能になった。無駄なく木材を使えたので、木材を供給した大分県の木材協同組合連合会も喜んだという。「ばらつきがあるということを前提に、仕様を決めて設計すれば、木を使える幅は大きく広がる」と山田氏は言う。適材適所ということでは、メイン競技場のアーチ端部には鉄骨も使っている。これは耐火性能検証法をクリアするためだが、これにより水平連続窓を設けることもできた。自然採光や自然通風も可能になる。「この窓とトップライトを開けると、気持ちのよい風がメイン競技場の中を抜けていく」と浜橋氏は言う。
構造と意匠を結びつけるVPLによる検証
木造大空間を製材で実現するにあたり、もうひとつ注意を払わなければならないのは接合部についてだった。「短い製材をつないでつくるので、当然、接合部が多くなる。それをいかに合理的につくれるかを考えなくてはいけない。この建物では、アーチを円弧にした」(山田氏)。これにより曲率が一定となり、すべての接合部を同じディテールでつくることができた。そして屋根の設計では、VPL(ヴィジュアル・プログラミング・ランゲージ)が大活躍した。「部材の数が多くて、全体の形状も複雑だが、構造のルールは明快。寸法や形状を数式化した3Dモデルをつくっておくことで、アーチのスパンライズ比や分割数を変えても、即座に変更後のイメージを検証することができる」と担当した長田氏は言う。これによって、合理的な構造と精神性を感じさせる美しい形を両立させながら、短い時間で設計を詰めていくことが可能になった。
MEMBER
- 浜橋 正
- 設計監理部門 建築グループ 次長
- 長田 純一
- 設計監理部門 建築グループ 主任
- 山田 憲明
- 山田憲明構造設計事務所 代表
昭和電工武道スポーツセンター
プロジェクト
メンバー
- 意匠
- 能勢修治/浜橋正/長田純一
- 構造
- 原健一郎/多田聡(元所員)/ 山田憲明(山田憲明構造設計事務所代表)
- 電気
- 道下雅樹
- 機械
- 関根能文/髙野大地
作品データ
- 施工
- フジタ・末宗組特定建設工事共同企業体
- 敷地面積
- 124万3400m2
- 建築面積
- 1万4551m2
- 延床面積
- 1万6125m2
- 階数
- 地上3階/地下1階
- 構造
- 鉄筋コンクリート造一部鉄骨造・木造
- 工期
- 2017年3月~2019年4月