デザインストーリー
Ginza Sony Park

絶えざる変化に応じる都市の〈余白〉

写真提供:Ginza Sony Park、写真:高木康行

東京・銀座の数寄屋橋交差点に面して建っていたソニービルを建て替えたもの。都心の一等地であるにもかかわらず常識を覆し、容積率を抑えた低い建物にしている。固定的な用途は定められておらず、〈街に開かれた施設〉としての位置付けだ。このプロジェクトを建築主とともに進めたのは、石本建築事務所を含む複数の設計者、有識者からなるチーム。入念な議論を経て設計が行われ、完成したユニークな施設は、開園から2026年3月までに413万人の来園者数を達成した。

ショールームから〈街に開かれた施設〉へ

芦原義信の設計により1966年に竣工したソニービルは、スキップフロアをらせん状につなげ、それを下りながら各フロアのショールームを楽しむ「縦の銀ぶら」や、数寄屋橋交差点に面して設けられたパブリックスペースの「銀座の庭」が象徴的なコンセプトであり、銀座数寄屋橋交差点のシンボルとして親しまれてきた。しかしソニーがエレクトロニクスの企業から、映画、音楽、ゲーム、金融など、多角的な事業を展開するようになると、「ショールームビル」ではソニーブランドの情報発信が充分にはできなくなった。2000年代にソニーの経営状況が悪くなったときには、ソニービルは「変われないソニーの象徴」ともみなされた。「ソニーは変わり続ける。それを示すために、建て替えに際して掲げたのは〈街に開かれた施設〉というコンセプトだった」(永野大輔氏/ソニー企業代表取締役社長)。なるべく広い貸し床を設けてテナントから収益を上げる従来の商業ビルではなく、あえて許容容積率を余らせ、公園のような〈余白〉と〈アクティビティ〉で人を惹きつけようという考え方だ。

銀座数寄屋橋交差点に面して建つ。周りには銀座メゾンエルメスなどのハイブランドのビルが集積する(写真提供:Ginza Sony Park、写真:高木康行)

土木的なコンクリート打ち放しの表現

この前例のない建物は、設計の体制もユニークだった。永野氏をリーダーとするソニーの社内メンバーによる検討が2013年にスタート。そこに建築家の荒木信雄氏(アーキタイプ代表)が加わる。設計を監修する役割を担った荒木氏は、建築よりも土木的なものの方が今やカルチャーの拠点になっているという。「都市のインフラストラクチャーである高架式道路の柱にグラフィティアーティストがサインを描き付けたり、高架下の空間を利用して店舗ができたり……。Ginza Sony Parkも、面白いことをやりたいと考えている人に、見つけてもらう場所にしたかった」。そのため、壁の躯体を打設する際に、倉庫や建物裏側で使用するようなローコストのベニヤ型枠をあえて使っている。土木的なコンクリート打ち放しの表現にこだわったというわけだ。新しい文化を切り開くのは美術館でも音楽ホールでもない。ストリートなのだ、という想いがこの建物には反映されている。

地下1階の「パークB1」。コンクリート打ち放しによる土木的な表現(写真提供:Ginza Sony Park、写真:高木康行)

フラットな関係で結ばれたワンチームによる設計

次いで2017年には、基本設計者として石本建築事務所が参画する。ちなみにソニーの前身である東京通信工業は、白木屋百貨店3階の一室で始まったという。白木屋百貨店といえば、石本建築事務所の創業者である石本喜久治が独立するきっかけとなったプロジェクトだ。ソニーと石本は、ともに白木屋百貨店をルーツに持つという縁があった。そして2020年、実施設計の段階からコンペを経て竹中工務店も設計チームに加わる。そのメンバーである花岡郁哉氏は「それまでに描かれた図面や話し合いの資料の膨大さに驚かされ、責任の重さを実感した」と言うが、単なる実施設計者としてではなく、基本設計の見直しに関わる提案も積極的に行った。他の有識者も含む多様なメンバーが、ソニーを中心として集い、フラットな関係で議論して、ワンチームでプロジェクトを進めていく。石本建築事務所でこのプロジェクトを担当した福地拓磨氏は、当初は設計の進め方に面食らったという。「最初の1年間ほどは、銀座とは何か、公園とは何か、そういう回りくどい話をみんなでずっと語り合っていた。それが最後は実った」。

芦原義信氏の設計によるソニービル(1966~2017年/左)と、その地上部を解体した状態の旧Ginza Sony Park – Version Flat(2018~21年)(写真提供:Ginza Sony Park)

地下躯体の“ミルフィーユ問題”を解決

設計のうえで悩ましかった点が、地下躯体をどうするかだった。一般に都市部のビル解体では、地下外周部の躯体を撤去するのは手間とコストがかかるので、残すことも多い。しかし強度が保証されない既存の地下躯体を再利用するのは難しい。結果として、既存躯体の内側に新たに壁をつくり直すことになる。建て替えのたびにこれを行うと、壁が少しずつ内側に入り込んで面積がどんどん小さくなってしまう。この“ミルフィーユ問題”に対して、Ginza Sony Parkはひとつの解決策を提示した。将来の建替時を考慮して、既存躯体の内側に躯体をあらかじめ増し打ちすることで、風呂桶のように自立する強い地下躯体をつくり上げたのだ。地下部では地下水の漏水も問題となったが、これについては、外周部に設備スペースや階段をお濠として巡らせることで対応。将来の改築や設備増強にも、この〈余白〉が活かせる。

地下3階から地下鉄コンコースとの接合部(左)を通って5階テラス(右)まで階段でつながっている(写真提供:Ginza Sony Park、写真:高木康行)

変わるものと変わらないものを分別する

公園のような何が行われるかわからない場所というコンセプトだが、用途を定めないと設計はできない。その設定には頭を悩ませた。設計チームが行ったのは、変わるものと変わらないものを、しっかりと分別しようということだった。用途はどんどん変わっていくので、それに対応する間仕切りや設備も変わるものとして捉えた。一方で変わらないものは、主要構造部や防火区画、避難階段などである。平面の計画では、耐震要素を鉄骨鉄筋コンクリート造のコア2カ所に集約することで、他の自由度を上げている。外観を特徴づけるグリッドフレームも、ポップアップの宣伝に使われることもあるし、将来的には設備ルートになるかもしれない。これもまた〈余白〉としての仕掛けだ。石本建築事務所の舩越克己氏は「ソニーという企業は、人のやらないことをやって社会にインパクトを与えてきた。Ginza Sony Parkはソニーらしさを都市の文脈で実践したプロジェクトとなった」と位置付ける。

街と建物はシームレスにつながり、賑わいが奥へと引き込まれる(写真提供:Ginza Sony Park、写真:高木康行)
※所属・役職はインタビュー当時のものです。

MEMBER

永野 大輔
ソニー企業 代表取締役社長・チーフブランディングオフィサー
荒木 信雄
荒木信雄/アーキタイプ 代表
福地 拓磨
常務執行役員 設計部門 プリンシパルアーキテクト 建築グループ統括兼デジタルイノベーショングループ統括
舩越 克己
設計部門 建築グループ兼デジタルイノベーショングループ部長
花岡 郁哉
竹中工務店 東京本店設計部設計第7部長

Ginza Sony Park

プロジェクト
メンバー

意匠
福地拓磨/舩越克己/コルベッラ・マルコ/髙松達弥/眞喜志康功/中野雄貴
構造
石川智也
電気
道下雅樹
機械
松田知浩

作品データ

施工
竹中工務店
敷地面積
707m2
建築面積
584m2
延床面積
4,357m2
階数
地上5階 地下4階
構造
SRC造/一部RC造
工期
2022年10月~2024年8月
実績ライブラリ