環境統合技術室

第5回環境建築フォーラム

風景における環境統合

2022年2⽉15⽇ 17:00~19:30

座長:金子尚志 / 総合司会:環境統合技術室

基調講演:風景(ランドスケープ)における環境統合
(滋賀県立大学・金子尚志)

金子
これまで光、風、構造を扱いながら環境統合という大きなキーワードの下に話を進めてきました。本日は、風景そしてランドスケープをポイントに考えていきたいと思います。 今回のフォーラムに向けて、「自治大学校」を見学しました。初夏に向かって豊かな緑が創造され、ランドスケープがとても豊かな良い建築だと思いました。見学後に浮かんだのが「ルイジアナ近代美術館」です。10年ほど前に行った時の写真を掘り起こしてみましたが、建築にいるのか、ランドスケープにいるのか、不思議な錯覚を覚えるような建築の一つではないかと思います。またランドスケープといえば、特に意匠系の方は「森の火葬場・森の墓地」を思い起こすのではないかと思います。これらについても後ほどふれたいと思っています。
自治大学校
ルイジアナ
森の火葬場
ランドスケープを考えると、大きく三つのスケールに分かれるのではないかと思いました。まずはコモンズです。誰のものでもない風景のようなものがあるのではないかと考えます。 さらにスケールが絞られると、パブリックという概念が出てくるのではないかと思います。建物自体は誰かが所有していたりしますが、ランドスケープに関しては、気兼ねなく利用することができます。 また、建物が閉まっていたとしても、建物の周りで過ごすことができるものをパブリックと位置付けるのであれば、プライベートとして閉じた環境の中でランドスケープが展開しているものもあるのではないかと思いました。 スケールから考えるランドスケープには、風景や景観というものが非常に長いレンジを持っており、パブリックとプライベートの間には、人の居場所や建築との関係が存在し、プライベートの中にはオープンからクローズへの関係性があるのではないかと思いました。
コモンズ
パブリック
プライベート
少し話が変わりますが「1-建ぺい率=空地率」について考えます。こちらはよく見慣れている都市計画図です。おそらく、敷地が与えられるとどのように建物を配置するかについてを皆さんまずは考えるのではないかと思います。ビルディングタイプの要請、周辺環境からの要請、コストの要請などにより、建築の方向性が大きく変わってくるのではないかと思います。そしてランドスケープとはこのような様々な要素の「関わり代」なのではないかと思いました。 あらためて「代」という言葉を岩波書店『広辞苑』で調べてみると、『何かのために取っておく部分』とあります。なかなかいい言葉だと思いました。のり代、縫い代など、このようなものがなければ、何かと何かがくっつかない、何かと何かは統合していかないのだと考えました。配置計画においても、建物とランドスケープの関係、ランドスケープと外との関係は、まさに関わり代ではないかと思います。 冒頭に出した都市計画図は、何かのために取っておく部分、のり代、縫い代、関わり代のように考えると、1マイナス建ぺい率が、ランドスケープポテンシャルという言葉に置き換えられるのではないかと思います。私もそうですが、皆さまがいつも苦労する数字はむしろポテンシャルなのだと思えば、違ったものの見方ができてくるのではないか、そしてランドスケープこそ、建築や周辺環境を統合していくものなのではないかと思います。
敷地と配置1
敷地と配置2
都市計画図
風景、ランドスケープに話を移します。私はランドスケープの専門家ではありませんが、今回のフォーラムに向けて、ランドスケープはどのような歴史背景を持っているのか少し調べてみました。
もともとランドスケープという言葉は、風景、景色と訳されます。ランドスケープアーキテクトが言葉として誕生したのは、19世紀初期にアメリカ合衆国のフレデリック・ロー・オルムステッドが、初めてランドスケープアーキテクトと呼ばれました。その頃は造園と呼ばれていたという記述があります。 一方、日本では『日本風景論』という明治27年に初版が出たものがあります。こちらは、現在も岩波文庫から出版されていて手に入ります。いろいろなイラストがあり、日本地図で、風向がどのようになっているのかなどが書かれており、この頃に初めて風景と呼ばれたのだという記述も見つかりました。 また、アメリカ合衆国のランドスケープアーキテクト協会は、ランドスケープアーキテクトのことをこのようにまとめている一文がありました。全部読み上げると大変ですので、青字の所を拾います。Integrated elements=要素を統合するのだということです。まさに環境統合に近い話だと思います。pleasing and practice relationship=快適で実践的な関係を生産するものであると書かれています。このように考えると、ランドスケープは外周りを作ることや修景することにとどまらず、いろいろな関係性が見えてくるのではないかと思います。
多様なランドスケープの定義
ランドスケープという言葉が、風景、景色と和訳されますが、風景という言葉を切り取ってみると、実に興味深いところが見えきました。まず、風景という言葉を、風と景に分解します。風は空気の流れ、気流、成り行き、そのような意味があります。一方で、景は、景色、風情のような意味が当てられます。少し拡大解釈すると、風は工学的、景は芸術的と見て取ることができます。工学的な風は、見えないもの、もしくは時間の概念、景は芸術的、空間の概念とすればこのような二つの概念を持った言葉(風と景)で成り立っているのではないかと思います。われわれ日本人として、日本語の言葉で意味を深めていくと、もう少し違う景色が見えてくるのではないかと思いました。さらにマトリクスで見ていくと、まさに石本建築事務所が進めている環境統合に他ならないと思います。
風景における環境統合1
風景における環境統合2
微気候としてのランドスケープは、オルゲーという建築評論家がいました。1963年に、まだパッシブデザインなどの言葉が定義される以前のことですが、恐らくこちらの図は皆さまはいろいろな所で見たことがあるのではないかと思います。ただいろいろと手が加えられていますので、こちらは原著から引用したものです。そちらには、バイ・マイクロ・クライマトロジーと書いています。外部の計画で微気候をつくる、そして建築、最後に設備によって調整する。それぞれの段階で快適な環境が達成されれば、続くものは補助的なものでよいと読み取れます。いずれにしても最初に微気候をつくるといったところが、これからの環境統合において大きな示唆を与えてくれているのではないかと思います。
V.オルゲー
そのようなことを考えながら少し事例を見ます。手前みそですが、私と小玉祐一郎で共同設計を行ったパッシブタウン黒部です。こちらも非常に豊かなランドスケープを持っていて、まさに微気候をつくるためのランドスケープを実践したものです。 最初に紹介した自治大学校は、これまで話したような1マイナス建ぺい率のランドスケープポテンシャル、微気候をつくるという視点で見ると、また見え方が変わってくるのではないかと思います。ちょうど北を向いて、池を臨んだ小高い丘を見るランドスケープは、非常に素晴らしい印象です。まさに景観と共に環境をつくっているのではないかと思いました。ぜひ夏にも訪れたいと思いました。建築計画でいうと、いろいろなところで外部との接点を持つように作られています。このような中庭的な所と窓の関係も非常に素晴らしくよく考えられた、まさに微気候を生かした建築になっている印象でした。
パッシブタウン黒部
自治大学校1
自治大学校2
一方で、ルイジアナ近代美術館や、グンナール・アスプルンドのよく知られている森の火葬場も、同じような外部との関係がつくられているということが言えるのではないかと思います。
ルイジアナ1
ルイジアナ2
森の火葬場
最後にまとめです。風景・ランドスケープにおける環境統合を考えるにあたり、庭屋一如(ていおくいちにょ)という言葉があります。庭と建物は一つの如しという、とてもいい言葉だと思い、よく引用させてもらっています。建物を落とし込む、庭と建物の境界をなくすようなことです。 そのように見ると、ランドスケープの和訳としての風景そして風と景という言葉は、環境統合の視点へつながります。また先ほどの説明に、習わし、風習、しきたり、そのようなことも一つ入れていくといいのではないかと思いました。そうすると、風の流れ、気流という言葉に加えて、技術的な面、社会的な面、文化的な面についても拾い上げられるのではないかと思います。そのように考えると、先ほど話した環境統合も、もう少し広い射程で捉えていくことができ、実はランドスケープ、風景という言葉が、それら全体を統合する一つの関わり代、のり代、縫い代のようなことになるのではないかと思いました。
庭屋一如
風景における環境統合
私は設計や研究する上で、パッシブ・レスポンシブというキーワードをいつも考えています。建築は、その周りに存在するいろいろな環境要素、それらの循環により重奏され、建築・場所として立ち現れます。ランドスケープからスタートした風景というものが環境統合に結び付くのと同じような関係性があるのではないかと思います。 本日この後4作品紹介してもらいますが、風景そして風と景、見えないもの、見え方などを切り口にすることができればいいなと思います。どうもありがとうございました。
パッシブとレスポンシブ
司会
金子先生ありがとうございました。金子先生にいただいた講演の中で質問などがある場合は、チャットへの書き込み、またはこの後のオープンディスカッションの中で、ぜひ皆さまの意見をいただきたいと思います。

金子 尚志 (滋賀県立大学)

1967年
東京都生まれ
1992年
東洋大学工学部建築学科卒業
1992年〜2001年
西松建設株式会社関西支店設計課、本社建築設計部
2003年
神戸芸術工科大学大学院修士課程修了
2003年〜2006年
神戸芸術工科大学芸術工学研究所特別研究員
2006年〜2018年
エステック計画研究所
2016年〜
滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授
2018年〜
ESTEC and Partner