環境統合技術室

第8回環境建築フォーラム

光環境デザイン・
視環境デザイン

2023年10⽉20⽇ 16:30~19:00

座長:金子尚志 / 講師:中村芳樹(東京工業大学名誉教授 VLT代表)、近藤秀彦(遠藤照明)

事例紹介・討論

事例1:上田市庁舎

長田
建築概要について説明したいと思います。上田市は長野県の第3の都市で、その市役所を設計しました。場所は、上田城跡の近くに位置しています。
こちらは建物のコンセプトですが、旧本庁舎と書かれている左に南本庁舎、右に今回設計した新本庁舎があります。旧本庁舎もかつて弊社が設計したもので、今はこれが取り壊されており、南庁舎に新本庁舎を連結させたようなつくりになっています。全体の規模は、新築の新本庁舎部分が約1万3000m² 、階数は地下1階・地上6階建てで、免震構造になっています。
外観1
外観2
この敷地では日陰制限によって形状に制限がありました。また、城下町のために街全体で高さ制限がかかっており、最高高さ25m以下という規定がありました。当初のプロポーザルにおいては、弊社以外は5階建ての提案が多かったようですが、我々は基準階高を低く絞った6階建ての建物を提案して、採用に至りました。基準階高は3.9mとなっています。
高さ制限1
高さ制限2
平面のプランは部門ごとに異なる構成となっていて、1・2階は「つむぎモール」という市民に開放されたエリアで、片側廊下で執務室に接続しています。3・4階は執務エリアで、真ん中に廊下を通してその両側に効率よく執務室を配置しています。5・6階は講堂と議場という大きな部屋が2つあり、上下に配置しています。
プラン1
プラン2
プラン3
夜景でも照明器具の光が強く見えない印象的な外観になっています。
こちらが今回照明について詳しく説明をさせていただく、執務空間になります。ここでは、3.9mの階高の中で、いかに広々とした空間を作るが最大のテーマになりました。垂れ壁のように光っているところが構造の梁ですが、その梁と照明と天井の関係についてさまざまな検討を行いました。水冷媒の放射空調を採用したので、その空調パネルをどうやって薄くするか、またどうやって照らすかという点についても、構造と電気と空調とが三位一体になってデザインしていきました。そのプロセスについて、この後近藤さんから詳しく説明していただきます。
外観(撮影:株式会社 川澄・小林研二写真事務所)
内観(撮影:株式会社 川澄・小林研二写真事務所)
近藤
PJメンバーとしては石本の環境統合技術を活用し、理想的な執務空間の創造を目指してきました。このPJの最大の挑戦は、3.9mという限られた階高の中で、理想の執務環境を実現させることでした。視環境における主要な目標は、グレアのない快適な明るさの執務室を創造することでした。
設計の初期段階から、グレアを感じる高輝度部分を見せないことに注力しました。これには、タスク照明の使用や、梁の上に照明を設置するなどの方法がありました。しかし、単純にそれだけでは魅力的なデザインにならないことに気づき、上田市庁舎の設計では、これらの要素を適切にデザインすることを目指しました。
最初に検討したのは、梁の上に間接照明を配置し、天井を照らす方法でした。しかし、放射空調の要件により、放射パネルを照らすことになりました。放射パネルは金属製であり、どうしても照明の映り込みが発生し、グレアとなってしまいました(ダイアグラム①)。
次に、映り込みがグレアを減少させるために導光板照明を採用しました。導光板照明はライン照明に比べて光源が大きいため、映り込みが発生しても光源に見えないと考えました(ダイアグラム②)。
しかし、シミュレーションの結果、天井と梁が非常に近接してしまい、限られた階高の中でこれを改善するのは困難でした。そこで、換気用ダクトのための天井の空間を確保しつつ、必要のない部分の天井は開けて斜めにし、できるだけ放射パネルを均一に照らすようにしました(ダイアグラム③)。
さらに、採用した導光板照明が上下配光の標準的なものであったため、下から見ると眩しいという問題がありました。これを軽減するために、導光板の下面に減光シートを貼り、グレアを抑制することにしました(ダイアグラム④)。
ダイアグラム
最終設計では、中央部に配置された導光板照明から発せられる光が、斜めに設置された放射パネルを照らす形式を採用しました。くぼみ部分にはスピーカーやセンサーを配置し、この構成を実現させるために、ダクトと構造計画に細心の注意を払いました。詳細な断面図をご覧いただくと、赤く表示されている部分が梁です。梁のフランジ部分は照明の電源を隠すように設計されており、可能な限り小さな寸法にすることを心掛けました。その結果、導光板照明と梁自体がインテリアの一部として見えるようになり、一体感のある魅力的なデザインを実現しました。
照明1
照明2
断面図
グレアの検討画像で赤く表示される部分がグレアを示しますが、分析の結果、ほぼグレアがない状態を実現することができました。これは、当初の目標の達成を示しています。 照明制御に関しても、天井輝度を30cd/m² に保つよう調整しました。この制御は、省エネ性能の向上にも寄与し、非常に良い結果をもたらしました。
また、ビルの外部から見上げた際の視覚的な影響にも配慮しました。一般的なビルでは、光源が直接目に入ることが多いですが、今回の設計では光源が直接見えず、柔らかく照らされた天井が美しい景観を作り出しています。
明るさ・グレア画像
夜景

事例2:都立立川国際中等教育学校附属小学校

このプロジェクトは、既存の中等教育学校(中高一貫校)の付属小学校として新設し、小中高一貫教育校として整備したものです。立川駅からバスで15分ほどのところにある既存の立川国際中等教育学校のグラウンドとして使用していた場所を計画地とし、ここに附属小学校を建設することで、12年間の一貫した教育課程を目指すという計画になっています。
鳥瞰(撮影:株式会社 川澄・小林研二写真事務所)
普通教室内観(撮影:株式会社 川澄・小林研二写真事務所)
こちらが配置図です。小学校建設地と中等教育学校とは道路を隔てて立つわけですけが、道路上空に空中歩廊を建設して、児童生徒の安全確保と中等教育学校との一体的な運用に配慮しています。 計画地は元々グラウンドであったため、イチョウやケヤキ、サクラなど、多様な高木が点在していました。多摩地域らしい雑木林を思わせる景観をつくっており、これらの樹木をなるべく切らないように、低層の中庭型校舎を木々の間を縫うように配置して、内外で四季を感じられるように計画されています。

次に平面図の説明をします。低学年の昇降口に対して右側には食堂と厨房、上側に音楽室、家庭科室、図工室などの特別教室を配置しています。そこを抜けると中学年・高学年の昇降口があり、正面には2階のラーニングコモンズへとつながる視聴覚ホールが計画されています。ラーニングコモンズには中高の図書室や交流室などを計画し、小中高一貫校としてのシンボル的なエリアを形成しています。普通教室は学年毎のまとまりを形成しやすい配置とし、学年ごとに変化する学習プログラムに対応できるクラスター型の計画としています。中庭を囲んだ回遊性と、一体感のある自由な空間であることが、平面図からも読み取れるかと思います。また、普通教室が最上階に展開され各方位に窓が向いていることが、この学校の特徴の一つとして挙げられますが、そこで課題となる採光等に対して、今回はハイサイドライトの計画を通して工夫しています。
配置図・1階平面図
2・3階平面図
大日方
ハイサイドライトについて、設計のときにどういう検討をしたのかと、実際竣工してどうだったかというあたりをご紹介させて頂きます。
クラスター状に配置された教室は1・2年生は3教室とも普通教室、3年生以上は真ん中に多目的教室が入る構成となっています。コンセプトとして、ハイサイドライトからの採光で、教室の向きなどの方角方位によらず、安定した光環境を実現するということを目標に進めていきました。
各方位を向く普通教室
はじめに、窓面からの直射光によって授業に支障の出る時間帯について調査をしました。小学校なので、授業の時間帯は8時から15時半までと設定して検討しています。東向きのところは大体朝方2時間程度、南向きは日中ずっと直射が入ってきます。西向きは昼過ぎの2時間程度直射が入ってきて、北向きは、直射はありません。
照度分布の確認
続いて、室内の照度分布について支障が出るような時間帯に、窓面に遮光カーテンを使用した場合のハイサイドライトの効果について検討を行いました。左側は窓面の遮光カーテンを閉めて、ハイサイドライトがない場合の照度分布シミュレーションです。右側は窓面にカーテンを使用した上で、ハイサイドライトがある場合の照度分布を示しています。 このシミュレーションは、一番条件が悪いと考えられる冬至で行いました。ここから分かることは、ハイサイドライトがある場合、大体500ルクス程度は自然採光で照度が確保できそうだということです。
カーテン使用時のハイサイドライトの効果確認
それを踏まえて、次に室内の明るさ感についてハイサイドライトの効果を検討しました。黒板面を視線の方向にして、シミュレーションをしています。こちらのシミュレーションも冬至で行っており、東西南北、それぞれの結果を明るさ画像で示したものがこちらです。
ハイサイドライトの効果検討
NB値でいうと大体7ぐらいを黒板面のところで確保できることがわかりましたが、東向きと西向きの教室に関して、特に西向きは黒板面が北を向いていてその上にハイサイドライトの窓面が見えています。この色味の違いでわかりますが、黒板面のところの明るさが他の教室と比べて少し暗くなっています。 その要因について、ハイサイドライトの窓面が高輝度になることによって、その対比でこの面が暗く見えてしまうと考えました。そこで、ハイサイドライトの形状について詳細に検討を進めていきました。
ハイサイドライトの形状検討
先ほどまでお見せしていたのは、ひと山タイプのハイサイドライトでの検討結果です。そうすると、このように視線方向の北面にハイサイドライトの窓面が見えるので、黒板が置かれているところが少し暗く見えてしまいます。
そこで、ハイサイドライトをふた山の形状にすることを考えました。そうすると、視線方向に山の真ん中の天井面がくるようになり、高輝度になるハイサイドライトの窓面が遮られて、明るさが改善されることがわかってきました。 東向きの2年生の教室も、先生から見ると西向き教室と同じような見え方になるので、西向きと東向きの教室に関しては、ふた山タイプのハイサイドライトとすることを決定して、実施設計を経て現場を進めていきました。

今年7月31日の現地見学会の際に、360度カメラのTHETAで輝度画像の測定を行ってきました。先ほどまでお見せしていたシミュレーションの画像は冬至のシミュレーションだったので、正確な比較はできませんが、分析した結果がこちらになります。
これが4年生の教室のクラスターになります。4年生の教室は、真ん中に多目的教室があるパターンで、南向きの窓がある教室です。こちらが明るさ画像ですが、上は360度画像をそのまま表示しているので、それを80度と100度の人間の視野、有効視野と呼ばれる視野角に切り取った画像になります。こちらの左側にハイサイドライトの開口がありますが、黒板面のところはNB値でいうと7以上9程度、黄色くなっていて明るさが確保できていることがわかります。
現地実測(4年生教室)
そしてもうひとつが、先ほど設計段階のシミュレーションでふた山タイプに方針を変えた5年生の教室、西向きの教室です。測定したのが夏だったこともありますが、明るさとしては、NB値9程度とかなり明るく、こちらの面も明るさを確保することができました。ハイサイドライトからの採光によって、教室の向きによらず安定した光環境を実現することができたと考えています。
現地実測(5年生教室)
金子
発表頂いた皆さんありがとうございました。まずは中村先生に伺いますが、上田市庁舎と都立立川という2つの事例について、光環境という視点で何か気になったところはありますか?
中村
上田市庁舎はすごく工夫されていましたが、導光板を入れて面積を大きくしたのは大正解だと思います。導光板の場合は、面積をできるだけ大きくすると照度が高くなります。水平になっていたのをちょっと斜めにするだけで面積がすごく大きくなります。
近藤
実は照明器具を傾けることも検討したのですが、執務室が広いこともあって、傾けてしまうと遠くから見たときに上の方がグレアになってしまったので、やはり水平にした方がよいという判断になりました。斜めのところはどうしても輝度にムラが出てしまったので、梁の下に照明だけを下げるなども検討したのですが、総合的なことを考えてこのようになりました。
中村
全体的にはすごくよくできていると思います。そのちょっと暗くなっているところをどうするかという点は、次に同じようなケースが出た時の課題になる気がします。
中村
それから、立川の小学校ですが、のこぎり屋根にするという解決策はすごくいいですね。よく考えたと思います。窓は光が入ってきますが、グレアにもなるので注意が必要です。光の量が増えたら明るくなりますが、中途半端に入ってくるときにどうするかということがポイントだと思います。
金子
大きなものを小さく分割するということだと思いますが、私も環境設計においては細かく分析していくことが大事だと思っています。これまではざっくりとやっていたものをできるだけ分割して、そのひとつひとつを読み解いていくような。そういう意味では、大きなハイサイドライトを分割することによって、それぞれの役割を持たせられるということなのかなと思って聞いていました。
金子
上田市庁舎のV字のあたりが暗くなるということでしたが、部分的に素材を変えることも検討しましたか?
近藤
輝度としてはかなり高い値がでていたので、パネル自体にグラデーションをかけて、輝度が高すぎるところは抑えるという手法も可能性があったかもしれません。
金子
いずれの事例も、光環境という点では先進的な取り組みだと思いますが、お互いの仕事をどのように評価していますか?
近藤
都立小中校一貫校は、自然光だけでしっかりと授業ができる明るい空間になっていて素晴らしいと思います。
大日方
お客様から特別な照明器具は使わないでほしいという要望を受けることがよくありますが、上田市庁舎では既製品の導光板照明を少し加工しただけで、うまく使っていてとても良いと思います。
金子
そうですね、お金をかけて特殊なものを使うのではなく、いかに既製品をうまく使うのかというのは、建築と設備機器、それこそ環境統合のような形になるのではないでしょうか。
それから、今日の事例を見ると、天井に照明器具を従来型で付けるというのは、もうなくなっていくのではないかという気もしました。中村先生は、いわゆる従来型のオフィスの天井付照明は、今後どのようになっていくと思われますか?
中村
私は元々、間接照明を増やそうとしていろいろやってきましたが、天井の明るさが不均一になるとぼんやりとして、夜みたいな陰気な印象になってしまいます。ですから不均一の作り方も難しくて、適当にやってしまうとうまくいきません。明るいところがひとつの領域になっていて、他のところとは別ものに見えるようにすることが必要ですから、明るいところと暗いところをどう切っていくかがポイントです。従来型でやれば設計はできますが、それではつまらないですよね。
金子
そこで、シミュレーションがますます重要になりますね。
中村
今は自然光のBIMがありますから、それをうまく使って、ちゃんとした光をシミュレーションして、バランスを取りながらやるべきだという雰囲気を醸成していきたいですね。人工照明だけでやるというのはあんまりだから、もうちょっとレベルの高いものにしようという流れが出てくるといいと思います。