環境統合技術室

第9回環境建築フォーラム

ZEmB(ゼンブ)
環境統合とゼロエミッション

2024年3⽉22⽇ 17:30~20:00

座長:金子尚志 / 講師:村田 涼(東京工業大学准教授)

事例紹介・討論

プロジェクト紹介

宮川
まず計画建物の概要ですがご覧の通りです。A棟とB棟があって構造的には更にB-1棟とB-2棟に分かれており全体で延床面責約15000㎡弱の建物の高校です。次に敷地ですが、現在田町駅の近くにある東工大の附属高校がこちらの東工大の敷地に移転する計画で工事としては新築になります。こちらが東工大の敷地の航空写真ですがこちらの白い点線の部分が東工大の敷地になります。現在この赤い部分に大学の校舎が建っていますがこちらの黄色い部分に移転します。その後校舎を解体しその空地に今回の高校を建設するという結構すごい土地利用をする事業計画となっています。こちらが既存校舎の航空写真の拡大したものです。これに今回計画する建物を重ね合わせるとほぼ同じ位置での建て替えとなることがわかると思います。
航空写真
次にどういう建物をつくるのか、つまりコンセプトということになりますがそれをまとめたのがこちらのシートになります。色々と書いてありますが要はコミュニケーションを色々ととれる空間をつくりましょう、そういう意味で色々な「コモン」の場所を計画しています。説明が遅くなりましたがこの高校は科学技術高校という事で理系の様々な専門分野があります。工業高校みたいなものだと思いますが平面計画としては普通教室、特別教室に加え専門分野の教員室や実験室がある、大学に近い建物のつくりかたと言えるのではないかと思っています。
コンセプト
簡単に平面計画の説明をします。A棟、B棟とあり、A棟の1階が特別教室、B棟のこちらに音が出る機械関係の計画としています。あと事務室など事務系のゾーンをこちらにまとめています。後で説明しますが敷地に高低差があり2階も避難階となっており中庭につながる形で大講義エリアと図書スペース、そしてアリーナというレイアウトにしています。上階は基準階のような感じでA棟は普通教室、B棟は専門分野の諸室をレイアウトしています。こちらが配置図になります。既存の敷地を有効に活用して濃いグレーが敷地の低い部分、茶色の部分が敷地の高い部分になります。高度制限、斜線、日影規制、開発にかけない、一団地認定で周回通路を計画しなくてはならない、などこれ実は何かをちょっとでも変えたらもう法的にOUTというギリギリを攻めた形になっています。そんな中で私は実施設計にさしかかるというところでこのプロジェクトに参加したんですがこちらにあるこの木を切らないようにということで建物をおりまげてこうした五角形の平面計画にしています。びっくりですよね。とにかく既存の地形やみどりを守りながら活かしながらというのが今回の計画の大きなポイントになっています。
1階平面図
2階平面図
配置図
こちらが断面図です。先ほどの低い部分、高い部分がこちらになります。階高を3800にしてちょうど地形にあった形で1階も2階も避難階となっています。ちょっとビジュアルで説明します。こちらが南側からみたパースです。芝生広場から見たパースです。こちらがA棟のB-2棟の間からみたパースです。部活動のアクティビティがはみだすようなそんなスペースにもなるような形で計画しています。
南側からみた全体
芝生広場からみたA棟外観
アプローチからみたA棟・B-2棟外観
こちらが先ほど説明した大講義エリア、吹き抜け空間です。こちらが大きなコモンスペースとなり芝生広場に隣接した形で計画しています。こちらのトップライトですが今回の設計で色々苦労したところの1つになります。光が欲しいのでトップライトを作ってるわけですが、あまり光を取り入れすぎると今度は暑くなって空調効率が悪くなるので、そうならないようにパラメータを設定し、結果的にバランスが一番良いと言ったところでトップライトの形状を決めました。
大講義エリア
トップライトの検討
もう1つ今日紹介させていただきたいのが外観ですね。ハの字と呼んでいますが、この形状について説明させていただきます。これが立面図と平面図の抜粋版になります。このパースにあるようにハの字はアルミハニカムのパネルで構築していますが、これは自然通風のための風の誘引効果をつくっています。また風が出るためには風が入ってこないといけませんが、平面的には柱、断面的にはライトシェルフそれらが受けとなって風が入り、そして吹いてくる風に対して狭い開口を作ってあげることで風の流れができる、という仕組みになっています。こういった無理なことをしないある種自然なものを利用しながら、生まれたものは生徒さんにとっても一番生き生きと生活ができる、そういった建物になっていると私的にはそのように思っています。
風の誘引効果をつくるハの字型のアルミハニカムパネル
構造計画の説明をさせていただきます。私からはプロジェクトの前半の方を重点的に話したいと思います。まず、この緑ヶ丘1号館という建物は構造設計者にとってとても有名な建物で、竹内先生が設計された耐震補強がとても綺麗な例としてよく知られています。そのため、この建物を建て替えると聞いた時には正直建て替えをせずにこれを使えばいいじゃんという思いを持っていたことを覚えています。こちらが、プロポーザル提案時の構造計画です。東工大図書館のフレームの例を参考にしながら、この時はとにかく外郭を固めて中をフリーにしようというところを目標に計画していました。ヴォールト屋根についても、なんとか実現していこうという取り組みでプロポーザルでは進めていったのを覚えています。
緑が丘1号館
プロポーザル提案時の構造計画
2021年11月に設計がスタートしましたが、基本設計を年度内に納めるスケジュールでした。そのため、逆算すると構造計画は2か月間で方針を決定しなきゃいけないという状況にありました。その中でも確実に設計を進めようと、また教室のあり方は将来の変化に対応できるものにしようと、構造からも環境を考えていくということで話をスタートさせます。また平面図を見ると、この2つのブロックはある階では左が勝っていてまたある階では右が勝っている、そういう構成になっていました。こういうところをどうやって構造で解いていくかも考える必要もありました。そういったものを実現するために、右のブロックと左のブロックは何か決まった角度を指定して左が勝っても右が勝ってもどうにかなるように、プランから構造の案を考えていったらいいんじゃないかということを提案したのですが、一つひとつの会議でしっかり議論をしながら進めたプロジェクトでもありました。
プロポーザル時のスケッチ
次にヴォールト屋根です。連続するヴォールトがB棟をL型に繋げる構成となっているのですが、ヴォールト屋根は多分当社でもそんなに例がないと思いますが、計画地の周りを見ながら自分なりにヴォールト屋根について考えていました。あとは先生方の中の一人でもある金箱さんが設計した網津小学校を、出張のついでに見に行ったりしていました。そしてヴォールトの設計がスタートしまして、意外と難しくないというと言い方は悪いんですけれども、少ない数量で屋根が組める方法 の1つなんだなということを実感するようになってきました。そして、緑が岡1号館の足跡を残したいなと、それが環境的にもいいだろうと思って外付けブレースを丁寧に取り外して再利用しようということに取り組んですが、結果的には実際の工事はとても大変で、新しくつくるよりずっとお金がかかるという事実に直接して実現には至りませんでした。ただ、今後の社会はこういうあるものをまた使うということが求められる社会が来るのではないかということを想像しています。
ヴォールト屋根をもつB棟の構成
ブレース再利用の可能性模索
12月に入って主架構の検討をしています。これは B-2棟の方ですね。中身が工場でタフな使い方だったので、壁とか柱とかコンクリートで半分地下に埋もれるので、杭を打ちたくないということもあって、なるべく軽く屋根をSでつくる計画としました。またヴォールト屋根の架構も、大分鉄骨力が落ちるということがわかってきました。あとはアーチの構造の組み方もいろんなパターンを試していました。当初、綺麗な円弧のヴォールトと作りたいのだろうというふうに思いながらなんとかスマートに感じるものを作ろうとしたんですけど、先生方は意外と荒々しくていいと。部材を曲げることでコストが上がるんだったら曲げなくてもいんだみたいな意見も頂きながら、あるものをちゃんと使おう等の意見も聞かせていただきました。こちらはA棟の構造比較、そしてブレースの比較です。ブレースはコストに考慮しながら検討を進めていきました。
B-2棟の構成
ヴォールト屋根のパターン検討
隣り合う3棟ですが、おそらく当社でこれを設計しようとすると、一緒につくるんだから何かコードをあわせたりとか、作為的にものをつくると思うんですけれども、あるがままでいいよという事にならって結果的に違うものを造ることになりました。A棟は五角形という平面形状に加えて半分地下に埋まっているという状況が、構造的には実は難易度が高いものでした。B1棟は平面的に少し角度がふれているため柱の位置がずれるのが避けられない状況でしたが、上と下のボリュームを単純にぶつける(繋げる)という考えでまとめています。最後にB-2棟は、地盤にこんな風に埋まる建物で、平屋部分と2階建ての部分を屋根で繋いでいる構成となっています。考え方は簡単そうなのですが構造的にこれも難易度の高いものでした。
隣り合う3棟
A棟外観
B-1棟外観
B-2棟の課題
八木
まず冒頭に村田先生のお話でもありましたが、今回は当初からサステ事業の応募前提で環境計画をたてようとしたのですが、その際に一番困ったのは、学校用途であった点でしょうか。学校建築はどうしても、元々のエネルギー消費量が少ないので省エネを頑張ったとしても削減効果も少なくなってしまいます。そのため、省エネだけではない新たな視線が必要となってきます。その時に定めたのが、この3つの基軸になります。1つ目はゼロエミッション、2つ目はウェルネス、3つ目はオープンイノベーションです。この3つをベース環境施策の検討をスタートします。また1つ目のゼロエミッションなんですが、実は非常に難しく我々設計事務所だけでは知見が少なくまとめづらい話です。かなり悩みましたが、村田先生はじめ先生方からフィンガープランのお話を聞き、これこそゼロエミッションではないかということで提案としてまとめたわけです。この部分の詳細に関しましては、すでに村田先生の方から説明があったかと思いますので省略いたします。私からはウェルネスとイノベーションにフォーカスしてお話したいと思います。
脱炭素を推進する基軸とアピールポイント
このウェルネスについて、今まで環境評価で重視されてきたのはエネルギーや資源といった話が中心でしたが、その上位に健康・快適、知的創造といったものを置くウェルネス建築の階層図というものがございます。この2つの部分をどうやって環境計画に活かしていくかですが、最初に目を付けたのがこの自然通風デザインです。自然通風のコンセプトにつきましては、事前に緑が丘の特徴や地域の風について話を聞いており、その上で我々がどういうことができるかを考えました。自然通風に関しては2種類のタイプを考えました。1つ目は教室で採用する個室完結型、もう1つはコモンで採用したボイド型、この2つを採用したわけです。なぜこの2種類を採用したかですが、ちょうどこの計画をした時がコロナ禍真っ只中であり、自然通風も感染が広がる恐れがあるという状況下でした。いかに安全な自然通風を行うか、そこで考えたのが個室完結型となります。後ほど詳しくお話しますが、共用部に一切経由することなく自然通風が行えるようになっています。一方で、使い方によっては全開放的に使用した方が風通りは良く、風量も多くなります。閉じた方がよいのか開放した方がよいのか、選択できるようにすることでその時々最適な環境を構築できます。
空間の使い方に応じた自然通風デザイン
感染拡大防止にも考慮した自然通風の運用イメージ
先ほど宮川さんが説明した自然通風の原理をもう少し詳しく話させていただきます。通常の教室ですと外風が流れる時窓開けても、ショートサーキットしてしまいます。一方ハの字のフィンを取り付けると教室全体に風が流れる仕組みを作ることができます。ライトシェルフは既存の建物を乗り越えてくる時できる垂直方向の風をウィンドキャッチャーとしてとらえる役割を果たします。それらをシミュレーションにより確認します。まず卓越の時ですね。卓越時の時にこの建物はどういった形で流れるかを確認します。南側の方から五角形型の建物形状に沿うように風が流れます。教室内の風の流れもシミュレーションにより確認しています。入ってきたが旋回しまして、ハの字のフィン側から排気される様子がわかります。
ハの字の整流板
ライトシェルフの詳細
建物周囲の風の流れ
教室内の風の流れ
続きまして、ウェルネスの知的創造空間についてお話します。こちらは、知的創造空間の象徴コモン大講義エリアの内観イメージとなりますが、要素としては、トップライト・オーニング・リフレクトウォール、あとは温熱環境の調整を担う居住域局所空調方式があります。このトップライトは、トップライト自体の形状を最適化し、その下にオーニングがありまして、それらを実際どのように制御するのかシミュレーションしながら決めていく訳です。居住域局所空調について説明しますと、こちらは単純な床吹出空調を行っているものではありません。空調の吹出通量の多いところ、少ないところなどあえてムラをつくっています。これは理由があり、やはり人間というのは個人差がありまして、快適は人の感覚、もしくはその人の活動によって変わってくることがありますので、自分の好みや自分の状態に合わせて選択できるようにする、そういったパーソナリティを尊重した仕組みづくりを行っています。先ほどコモンの自然通風の話をしましたが、それらはオーニングが緩やかになびく様子を目視できるようにしています。見える化も色々手法がありますが、ここでは直接見せることによって、体験することができるようにしています。
パーソナリティと健康・快適性を尊重した「屋内の広場」
「閉じる」「開ける」の最適化
健康快適空間については簡単に説明しますけども、フィンガープランの時で説明させていただいた既存樹について、やむを得ず伐採する木については内装材として活用します。実際、どこまで使えるかというのは現場でも調査が必要ですがそのような計画にしています。今回は放射空調のルーバーとして活用する予定です。その熱源として地中熱を利用しますが、東工大では地中熱をいち早く導入しているので、そうした既存のデータをうまく使いながら今回の計画にも活かしていく、そういったプランを考えております。
自然素材と環境制御
地中熱利用の進化
最後に、オープンイノベーションについてです。東工大大岡山キャンパスでは国内トップレベルのスマートエネルギーシステムが導入されています。そうした技術を利用し発展させる、また技術開発に高校生も参画することによって、イノベーションが生まれることが期待されています。環境評価については、環境技術を取り入れまして、CASBEEはSランク、SDGsも最高ランク、BELSもZEB Readyを達成しました。今回はそれだけではなく、ゼロエミッション「ZEmB」という視点に移っていけたらと考えております。
スマートエネルギーシステム

フリートーク

木村
今日の内容について、ZEmBとゼロエミッションという2つの言葉の違いをどう捉えるべきかと思いながら聞いていました。エンジニアリング的にいうと建設時のCO2を含めたものがZEmBだと思っていたのですが、それだけではなく、例えば文化とか建築の総合的な様々な取り組みを含めて評価するのがZEmBだと、村田先生のお話から初めて気が付きました。今いわれているゼロエミッションというのは、単純にLCAということで、例えばコンクリートの使用量を減らして建設時のCO2を減らすとか、森林とか木材を利用するとか、そのようなことを指しますが、先ほどのフィンガープランの話をお聞きして、単に要素技術の積み重ねだけではなく、文化や歴史、つまりこの建築は残したいとか、そのようなことがとても重要なんだろうと思ったのですが、皆さんはいかがでしょうか?
村田
私が今日のフォーラムのお話をいただいたときに、テーマとしてZEBからゼロエミにいってさらにZEmBへというような内容の議論を皆さんが展開していると聞いて、いやそれ全部だと本当に全部になっちゃうよって思ったんです。どうするんだろうと(笑)。でも、ZEmBを考えるというのは、あれもこれもという全部ではないかもしれないと思い、全部をまるっと包括してプロジェクトの中に入れてあげるような最初の一手、あるいは決定的な一手はないのだろうかと考えて、それで今日は「緑が丘フィンガープラン」のかたちについてお話をしました。実際そのかたちというのは、例えばルイス・カーンが、レンガを使うときにはレンガがこうなりたいと思って設計するとよいとか、あるいは建物がこうなりたい、この場所がこうなりたいと思うように設計しましょう、と言っていますが、そのかたちというものは、長い年月をかけた蓄積の中で一朝一夕にはできてはいませんから、そのかたちから学ぶとおのずと環境への応答だけではなく、木村さんがおっしゃっていたような文化との応答を入れやすい場合があると思います。
金子
村田先生がおっしゃったように、全部を考えると本当に全部になってしまって大変じゃないか、という話もあったのですが、そもそも全部を取り入れる必要はないだろうと思います。ただ、建築のかたちを考えたときに、全部を見てみようとすることが大事なのではという感じがしていました。これまでの環境建築でいうと、木村さんがおっしゃっていたような文化・歴史はちょっと横に置いといて、となる場合もありますが、ひとまず全部見てみることによって、もしかしたらこの歴史的なコンテンツが使えるかもしれない、建築のかたちに反映できるかもしれない、そのような視点なのかなと思います。
村田
先ほど宮川さんは東工大附属高校の意匠の説明の中で、あるべき姿のままやる、作為的なやり方をしないとおっしゃっていましたが、それを私なりに解釈すると、いわゆるビッグボスを作らないということだと思います。5つの専門分野があって学校の中には様々な場所や部屋があって、十人十色どころではない。それぞれの機能や環境のあり方は、それぞれが独立してなりたいようになる姿があるかもしれない。そうすると、それぞれがなりたいようなものを同時共存する形でやったらどうなるかというのが、作為的なやり方をしないという宮川さんの説明だと思います。では、統合って何だろうと思ったときに、下手をするとビッグボスを立てて、オーケストラのように指揮者がいて、それが全体を統括するようなあり方を統合と捉えることがあるかもしれません。もしかすると、そちらの方がポピュラーかもしれませんが、そうすると統合のあり方というのは、ビッグボスはいた方がよいのか、いない方がよいのか、石本建築事務所の皆さんは環境統合に向き合うとき、どのように考えているのでしょうか?
金子
とても重要な視点ですね。統合のありようの話ですが、今の村田先生の問い掛けに対して、いかがでしょうか?
榊原
環境統合技術室という名称について、英語で何て言おうか検討したことがありまして、最終的にはintegrateとしたのですが、堀さんがcrystallize、結晶化という言葉を提案していたことを思い出しました。
こういう課題があるからこう解決したという羅列ではなく、最終的に1つの形に結束するようなイメージがあって私は直感的にcrystallizeが正しいのではと思いました。そこでは、プライオリティを設計者ないしはチームがどう考えるか。それを簡単に言うとコンセプトなのかもしれないですが、それを明確にして解決するのが大事なのではと思います。
金子
結晶化というキーワードは以前から出ていて、私は度々思い出すのですが、今の説明のように羅列的ではなく、ある瞬間に形を持つということがポイントで、何かが足りない状態では結晶化しない、何かを足したときにパッと結晶化するという、その最後の何かがすごく大事なんだろうと思います。それは羅列的なものではなく、最後の一滴のようなもので、決してビッグボスではなくて、本当に小さなきっかけなんだろうと思います。
舩越
環境の統合のさせ方については、当社のメンバーそれぞれが考えていると思いますが、私の個人的な解釈は、結晶化させるというよりも多層的に考えて、結果的にそれが集まっているというような捉え方をしています。例えば設備シミュレーションにおいては、平準化された快適性や1つの回答に向けて取り組むことが多いと思いますが、自分が思ってもいなかったような結果や一石四鳥五鳥といった多層的な効果を得るためには、目標とするゴールはもっと曖昧でいいと思いますし、ゴールを先に決めてしまわない方がいいのではと感じています。また本日の講演を聞いて、建築と設備の関係について日頃どのように捉えているかお話頂けたらと思います。
村田
設備という言葉は少し物事をフォーカスしすぎているかなと感じます。失礼な言い方かもしれませんが、設備は方法であって目的ではないと思います。建築と環境の関係性とすれば、それは建築と一体的なものでもあると捉えています。 また結晶化という言葉は私もすごくよいと思っていまして、結晶化という現象の意味を考えると、内側にある原理、外側にある原理との応答など、自立と対立、内在と外在というような言葉で理解しようとすると、結晶は分子が内在している規則に応じて配列されて形を作っている。しかし、それがある自然の中に置かれたときに一様にはならずに、それぞれ違う形になり得る。その1つが外部との応答なわけで、おそらく舩越さんはその外在とか質に関することが大事なのでは、ということをおっしゃっていたんだろうと思います。
金子
ありがとうございます。舩越さんがおっしゃった多層的という言葉はとてもよいですね。一方で結晶化という表現もあったりして、何か1つに決めなくてもいいのではという気もします。その時々に表せる言葉がいくつかあって、今回はこれだというような議論ができるととても良いのだろうと思いました。それから、結晶化・多層的にということに加えて、環境統合という言葉を表すのに一番近いのはオーケストラだと思います。それこそ羅列的ではなく、それぞれの役割がそれぞれのところで音を奏でることによって全体性を持ちそこに全体の物語が生まれてくる、そんな気もします。また、レイナー・バンハムが『環境としての建築』という本を書いていますが、その原題は『Well-Tempered』という言葉が使われています。これは「よく調整された」ということです。我々が考えていくべきは設備に限らず、「よく調整された」空間や環境なのではないかと思います。
関根
私が入社した30年ぐらい前は、機械設備は建築とは全く別のものという感じで、その後10年ぐらい経ってから、環境というキーワードが出てきました。やはり本来は1つのものだと思います。統合ではなくて1つのものが今は意匠・構造・機械電気にセパレートされてしまっているので、本来1つのものを1つに戻すことなんだと考えています。
金子
これもよく知られていることですが、環境工学という分野ができる前は、1つの計画原論として語られていました。別れた2つがどこで出会うかということを、多分今やっているわけですが、元々1つのものという考えは非常に重要ですね。またそもそも分けて考えるものではないだろうという中で必要なのは、対話ではないでしょうか。誰かがビッグボスになるのではなく、フラットに対話できる環境がとても大事なんだと思います。そこで生まれるものが、それこそ結晶化であったり、それぞれのキャラクターやパーソナリティの多層化なんだと思います。
村田
関根さんが元々1つのものとおっしゃっていて、それを踏まえて金子さんが計画原論からの枝分かれという話をされて、今は枝分かれしたものを何とかまとめて一緒に考えていこうみたいな流れで、私は基本的に賛成ですごく共感します。一方で、時間の流れや社会というものは基本的に可逆性がなくて、後戻りできない可能性もあります。例えば何かを裏返してもう1回裏返しても元の表には戻らないというようなことが起こりえて、計画原論の時代に枝分かれして、それを今もう一度戻そうと思ったとき、枝分かれした当時とは状況が違います。例えば、都心に住んでいる人が半農半X(※)のようにして農家からの学びとか地方からの学びとか、ハイブリッドの生活をしようとしている。そこで都心の住民が地方に入っていって、一次産業の暮らしから学びを得ようようとするときに、例えば農家の営みから学ぶけれど、かつてはなかったSNSで人が繋がるとか、いろいろなものが1回裏になり、もう1回裏返して表に行こうとしても、いろいろな可能性も一緒にひっくるめて裏返すことになるわけです。そうすると計画原論の分化も、もう1回統合をという話に戻すと、今だから分化したものを統合するときにどのような困難があるか、あるいはどのような可能性があるのか、今だからそれやりやすいよね、やる意味あるよね、といったことを、石本建築事務所の皆さんはどのように考えているのでしょうか。
※半農半X:農業と他の仕事(X)を組み合わせた働き方
木村
今から30年~40年ぐらい前に、放射技術を設計に導入しようとしたのですが、当時はあまりにも難解でハードルが高いため諦めたことがありました。ところが、2015年頃にパソコンが64bitに変わって演算時間が速くなったこと、LED照明などによって建物の負荷が下がったこと、冷房負荷が少なくなったことで、放射冷房が可能になりました。それによって何を得られそうかというと、例として、ドイツでは高層ビルの改修(レトロフィットのグリーンビル化)において放射空調を採用することによって、既存のビルの天井高さを20cmから30cmぐらい上げることが実現しています。日本でも、大手町のビルで同じようなことをやっています。解析技術が進んだことによって、そのようなことも可能になってきています。
村田
できなかったことができるようになることに加えて、常識もアップデートするということですね。とてもおもしろいと思います。
金子
私がいつも思っていることですが、現在のシミュレーション技術は実は計画原論であり、現代的な計画原論を実現するための道具立てだと思っています。もっとシミュレーションがやりやすくなったり、もっと正確に初期段階で色々なことができるようになれば、それがさらに進んでいくのだろうと思います。
今日のテーマとして「ZEBからZEmBへ」がありましたが、その中で、皆さんから異口同音に、今あるものをどうやって使うか、といった言葉が出ていました。私は、今日はじめて東工大附属高校の計画をうかがいましたが、相当厳しい状況のところですね。あのような形にしかならないのでは、というぐらいのところですが、その中でも様々なアイディアや建築的な知見が埋め込まれていて、あるべき姿、与条件として与えたものを使い尽くすとでもいうような、そこが「全部」という言葉に表れていたような気がしました。
そしてもう1点、設計のコンセプトの中で、五感を刺激するという言葉がありましたが、使い手、今回でいうと高校生ですが、その彼らに対しての五感を刺激するのはもちろん大事ですが、設計者側が五感を刺激されないといけないんだ、という感じがしました。設計者側が五感を刺激される設計フローのようなものがあると、とてもよいのではと思いました。