環境統合技術室

第3回環境建築フォーラム

地域の⾵における
環境統合

2020年7⽉31⽇ 16:00~18:30

座長:金子尚志 / コメンテーター:木村博則 / 総合司会:環境統合技術室

若くして亡くなった詩人で、石本建築事務所の所員でもあった立原道造は、環境統合技術の重要性を若くして訴えていた。その志を受け継いで、石本はこの分野に積極的に取り組む。自然通風については1999年竣工のカタログハウスビルで本格的なエコボイドを実現し、その後の普及への道筋を開いた。

司会
環境建築フォーラムは今回が3回目となります。昨年10月の第1回では「光における環境統合」、12月の第2回では「通風における環境統合」をテーマに行いました。 今回のフォーラムでは、金子先生とも話し合い、「地域の風における環境統合」をテーマにしました。コロナ禍で建築も変わってくるだろう、その時に地域性という視点が重要になってくるのではないかという先生の見方には、なるほどとうなずかされます。そのあたりを基調講演でお話いただけると思います。 環境統合技術室では自然通風、光環境、放射、ライフサイクルコスト、などのテーマを設定し、重点研究として取り組んでいます。それぞれのプロジェクトで得られた知見を蛸壷化させるのではなく、テーマごとに集積し、社内プロジェクト間や外部有識者との連携を通して、水平展開を行っていこうと考えています。
もう一点、石本建築事務所の環境への取り組みという観点から、立原道造さんの論文「建築衛生学と建築装飾意匠に於いての小さい感想」について紹介をしておきます。立原さんは石本建築事務所に勤めていた先輩ですが、東京帝国大学在校時に書いた考察です。建築の設計者は意匠・構造だけでなく、衛生学にもしっかりと取り組むべきだと訴えています。80年以上も前に、まさに環境統合技術の重要性を理解されていたのですね。わたしたちは大先輩から託された課題としてこれを受け止め、挑んでいかなければならないと思っています。
では石本建築事務所ではどのように環境統合技術を発展させてきたか。今回のテーマとの関連で、自然通風の実践についておさらいをします。カタログハウスビル(1999年)などのエコボイド系、キッコーマン野田本社屋(1999年)などの吹き抜け空間を活用した流れ、早稲田中野国際交流プラザ(2014年)などの片側換気窓など非ボイド系の流れ、島根銀行本社ビル(2017年)などの階段2カ所を活用した流れ、石本建築事務所本社ビル(2015年)などの小規模オフィス2方向性階段活用の流れ、OIT梅田タワー(2016年)などのダブルスキン+吹き抜け空間を活用した流れ、といった分類ができます。今日のフォーラムでは、これらの手法と地域性の関係も語られるのではないかと思います。
⾃然通⾵計画実践の流れ
木村
コメンテーターとして補足します。石本建築事務所がいつから自然通風に取組はじめたのか、この機会にお伝えします。 自然通風について本格的に取り組み始めたのは1995年のころです。多くの設計事務所が同様に取り組まれていたと思います。ところが竣工後、ヒアリングに行き、お客様に聞いてみると「風を感じることはあまりない、そんな仕組みがあるのは知らなかった」、そう言われることもありました。石本が自然通風をやるのであれば、入ってくる風を必ず感じてもらいたい。そう思いました。 1997年12月、京都議定書が採択されて地球環境問題への関心が大きく高まります。そうした状況のなかで、カタログハウスビルが計画され、オーナーはこの問題に深い関心をもっていらっしゃったこともあって、設計者としてしっかりとこのテーマに取り組めることになりました。石本でCFDによるシミュレーションを本格的に採用した最初の建物が、このカタログハウスビルでした。この建物では中央にエコボイドを設けて自然通風を行っています。
カタログハウスビル
換気回路網による通⾵量予測
同様の手法は他社の設計にも見られたのですが、思うように空気が入らなかった事例も多いと聞いています。それはなぜか。スリットが細すぎたのです。このときは幸いなことに建設省建築研究所主催の研究会の技術的なアドバイスを参考にして、十分な大きさの窓下の風を取り入れるための自動開閉式のダンパーを内蔵した換気装置を設計することがきました。完成後には建設省築研究所、財団法人ベターリングの環境試験室の研究員の技官が、トレーダガスなどを用いて総がかりで測定を行い屋外の平均風速3.5m/sのときに4.4回の換気回数が得られることがわかりました。その後、カタログハウスビルは国際エネルギー機関(IEA)の研究会において、日本における自然換気利用の代表的な事例として発表されています。
CFD解析による予測の重要性もわかりました。基本設計では吹き抜けの下部が開いていましたが、それだと空気が入ってこない。閉めることでオフィス階に風が流れていくようになりました。カタログハウスビルには、同業の方が多数、見学にこられました。このやり方が、自社他社を問わず、「エコボイド」の計画に継承されていくことになったと認識しています。
カタログハウスビル CFD解析 1997年
ただし、エコボイドがひとつではやや足りない場合があるということで、たとえば今日のフォーラムで取り上げられる予定の新座市庁舎では、エコボイドが2カ所になっています。カタログハウスビルでの経験が、生きています。20年を超えて、石本の環境統合技術が継承されていったことを思うと、感慨深いものがあります。
さて、自然通風の普及には、どうしたら良いか。特注の設計を行うと、建設費が高くなってしまいます。これでは普及しないということで、取り組んだのが、グリーン庁舎のプロポーザルで選定された、山梨労働局です。国土交通省関東地方整備局営繕部の監修による石本の設計です。
(左)⼭梨労働局 (右)エコボイド
山梨労働局にもエコボイドを設けましたが、当時、サッシメーカーで出している、風を取入れる一般的な窓下換気装置は高さ30mm程度でした。それを60mmに広げて、風を入れるようにしました。これが、その後普及して、現在の標準的なモデルになっているかと思います。国土交通省発注の窓下換気装置の仕様書、図面をつくるために、サッシメーカーには高さ60mmにすることによる防雨対策を含めた機能についてのヒアリングを行い、その製作について納得をしてもらいました。
⼭梨労働局 ⾃然換気開閉装置
最初に言ったとおり、私たちはなんとしてもお客様に風を感じてもらいたいと思いました。風速0.2m/sであれば人は風を感じます。石本が設計した建物では、風を感じていただいていると思います。立原道造も、大学の卒業論文である「方法論」の中で「住み心地よい」を建築体験の創造的な核であると書いていて、そのことの実行を将来に託しました。それに少しは応えられたのではないか、と思っています。
金子
今の話で、石本建築事務所の風について、そのルーツから最新事例までつながってみえた気がしますね。

木村 博則

1951年
⾹川県生まれ
1977年
早稲⽥⼤学⼤学院理⼯学研究科機械⼯学専攻修了
1977年〜現在
株式会社⽯本建築事務所
1998年
環境設備計画室部⻑
2011年
執⾏役員環境統合技術室⻑
2017年
顧問
2020年
エンジニアリング部⾨環境グループ 環境統合技術室 顧問
2005年〜現在
千葉⼤学⼯学部総合⼯学科都市環境システムコース ⾮常勤講師、設備設計1級建築⼠、博⼠(⼯学)