環境統合技術室

第3回環境建築フォーラム

地域の⾵における
環境統合

2020年7⽉31⽇ 16:00~18:30

座長:金子尚志 / コメンテーター:木村博則 / 総合司会:環境統合技術室

パネルディスカッション

司会:金子尚志 コメンテーター:木村博則 パネリスト:角田崇一郎、堀真仁、宮治裕之、長岡寛之、榊原由紀子 パネリストは「地域の風」を幅広い視点から議論すべく、若手からベテランまで、所属オフィスも札幌・東京・名古屋・大阪から、専門も意匠・構造・設備から成るメンバーで構成。

金子
今日は5名のパネリストにお話をうかがいます。それぞれに担当したプロジェクトでの経験や、今、考えていることなどをお話ください。質問はオーディエンスから100名いらっしゃるので、チャットでも受けます。
① ⾦⼦ 尚志  滋賀県⽴⼤学環境科学部環境建築デザイン学科准教授 ESTEC and Partner
② 榊原 由紀⼦ 東京オフィス 設計部⾨建築グループ兼環境統合技術室 部⻑
③ 関根 能⽂  東京オフィス エンジニアリング部⾨環境グループ兼環境統合技術室 部⻑
④ ⾓⽥ 崇⼀郎 東京オフィス 設計部⾨建築グループ兼環境統合技術室 主任
⑤ 上⽥ 仁⼈  東京オフィス エンジニアリング部⾨環境グループ兼環境統合技術室 次⻑
⑥ ⼋⽊ 唯夫  東京オフィス エンジニアリング部⾨環境グループ兼環境統合技術室 主事
⑦ ⽊村 博則  東京オフィス エンジニアリング部⾨環境グループ兼環境統合技術室 執⾏役員
⑧ ⼩林 ⼀⽂  東京オフィス 設計部⾨CPグループ CPグループ統括
⑨ ⻑⽥ 純⼀  東京オフィス 設計部⾨建築グループ兼デジタルイノベーショングループ 主任
⑩ ⻑岡 寛之  ⼤阪オフィス エンジニアリング部⾨構造グループ 主事
⑪ 宮治 裕之  名古屋オフィス エンジニアリング部⾨環境グループ兼環境統合技術室 主事
⑫ 東原 理⼦  ⼤阪オフィス 設計部⾨CPグループ兼環境統合技術室 次⻑
⑬ 堀 真仁   札幌オフィス 設計部⾨建築グループ兼環境統合技術室 主任
②~⑬:パネリストならびに発言者

森林や河川からの風を取り入れる

敷地周辺にある森林や河川から吹いてくる風を、壁面に取り付けたルーバーなどの工夫により建物の内部に引き入れ、エコボイドを介して排出する自然通風の事例を紹介。

角田
担当した新座市新庁舎について説明します。埼玉県新座市には平林寺という有名なお寺があって、そのすぐ東側にこの庁舎があります。新座市では関東平野特有の比較的ゆるい風が流れています。風向はほとんど北風で、平均風速は大体1.6m/sぐらいです。風圧分布を見ると風が当たるところは正圧で角部が負圧になっている。西側の中央部は圧力差が生じていないところもありました。そうなると窓を単純に開けても風が入らないという状況が起こりうる。そこで2つのエコボイドによって圧力換気を促しつつ、建物西面から風をどのように取り入れるかを考えました。最終的には再生木ルーバーを一定ピッチで入れました。再生木には、天然記念物に指定されている平林寺の雑木林を材料に混ぜることで、地域性を取り入れたものにしています。サッシには大風量タイプの換気スリットを使っています。内側のツインエコボイドが負圧になるので、ここから風が上に抜けていくとともに、リフレクター効果により自然採光の効果もあげています。
新座市⾵配図
⾵圧分布シミュレーション
⻄⾯の再⽣⽊ルーバー
ルーバーのあるなしで気流分布のシミュレーションを比較すると、ルーバーなしの場合、空気が入ったあとすぐに同じ方から出て行ってしまうことがわかりました。ルーバーありでは西側サッシ部分に正圧帯ができているので、ルーバーが整流フィンの効果をして、安定した圧力分布となっていることがわかります。シミュレーションを繰り返しながら、このあたりを丁寧に設計していきました。
(左)ツインエコボイド基準階平⾯の気流分布 (右)⻄側外観・開⼝部・エコボイド
もうひとつのプロジェクトは島田市新庁舎です。静岡県の島田市は大井川によって形成された扇状地に発展した街です。歌川広重や葛飾北斎の浮世絵にもその景色が描かれています。川が増水すると東海道が渡れなくなるので、旅人は島田宿で足止めになり、宿場が栄えました。地形だけでなく歴史や文化の面でも、大井川はまちに大きな影響を及ぼしてきたというわけです。 中間期の風向のうち西風が8割程度となっていますが、これは大井川によってできた地形が関係しています。吹き下ろされた風が、山あいを通って西から吹いてくる。大井川がつくった風ということです。設計では、それをうまく取り入れたいと考えました。
島⽥市風配図
⻄風を取り⼊れるデザイン
西風は常に一定の方向から吹くのではなく、西側壁面にも南西側壁面にも当たります。すると、圧力分布が変化するので、単純に開口を開けただけでは、強風が入ってきたり南側中央部では風が入ってこなかったりします。安定した風を取り入れる工夫が南北面に必要となりました。新座市役所のようなルーバー案など、複数案を検討し、最終的にはスパンごとに壁を斜めにずらして隙間から風を入れる雁行案となりました。案ごとに換気回数をシミュレーションしてみると、意外なことに、雁行案が最も優れていました。風の流れが斜めの壁に沿って自然に室内に入ってくるということなのでしょう。現在、風を取り入れるデザインとしての雁行した外観の在り方を意匠チーム内で議論をしているところです。
榊原
地域の風について角田さんの話を聞きながら、静岡市の呉服町タワーのことを思い出しました。静岡では新茶のシーズンに街を歩くと、お茶の匂いがするんです。外の風は季節を感じさせるものでもある。もちろん、嫌なニオイというのもあるでしょうけれども。
呉服町タワー
呉服町タワー 外観

寒冷地での自然通風の取り組み

寒冷地の北海道では、東京などとは異なる環境設備が普及している。既存の建物で自然通風の事例は少ないが、今後、増えていくきざしもある。

札幌オフィスの堀です。もともとは東京在住です。言わずもがなですが、北海道の気候は、夏は涼しくて冬は寒い、そして雪が降るという3点が特徴です。 中間期が本当に短く、体感としては6月から9月の3ヶ月間しかありません。その季節になると札幌の人はすぐにTシャツを着るようになります。北欧でもそうだと思いますが、暑さや光に飢えていて、それが中間期の短さを裏付けているのかもしれません。 8月の最高気温を東京と比べると、札幌市は5度くらい低い。逆に冬の最低気温を見ると、マイナスになっています。
それでアパートやマンションには、エアコンがなくて、その代わりにガス暖房が必ず付いています。北海道の人は冬になると、窓を締め切り、ガス暖房をガンガン焚いて、部屋の中でTシャツ一枚になって過ごします。建具も二重サッシが普通です。 外気冷房~バイオマス利用といった環境技術は盛んなのですが、今回のテーマである自然通風は、北海道ではあまり聞きません。 それは、中間期が短く夏も比較的涼しいことから、自然通風のありがたみがあまりないからかもしれません。外気冷房、風力発電、雪氷熱、バイオマス利用といった環境技術は盛んですが。それは中間期が短いからかもしれません。 現在工事が進んでいる遠軽町のえんがる町民センターでは。ホワイエの人が溜まるところに外から空気を取り入れて、上部に開口部をとって自然通風をうながしています。 雪のことを考えると、ハイサイドやトップライトが難しく、風の通り道をつくりにくいという面もありますが、計画は可能だと思います。新型コロナウイルス感染症の影響や昨今の温暖化を考えると、自然通風の採用も今後、寒冷地でも活発に議論されてくるだろうし、札幌オフィスでも積極的に取り組んでいけたらといいなと考えています。
金子
ありがとうございます。チャットで、「北海道でも冬に自然換気を使うことはあるのでしょうか、中間期だけですか」という質問が来ています。 私が知っているところでは、北海道ではないですが寒冷地の商業施設で、冬でも冷房の必要があって、外気を導入することがあったと記憶しています。ビルディングタイプによっても違ってくるのでしょうね。
チャットの書き込みに、東京の冬も寒いという意見がありますね。じっとしているとしんしんと冷えてくる。
金子
北海道は断熱がしっかりとしているので、室内がすごく快適ですね。必要以上に暖かいという感じがある。室内の過ごし方は、東京と札幌で変わりましたか。
室内で過ごす時間が断然、増えていますね。自分が担当していた幼稚園の計画でも、園庭が10月ごろから基本的に使えなくなるので、園庭に替わる遊戯室を多く確保してくれと依頼されました。

既存の階段室を利用して自然通風を実現

運河沿いの建つ既存ビルの改修で2つある階段室を、取り入れと排出にそれぞれ使って自然換気を実現。免震層を介することにより、地熱の利用も図っている。

宮治
ミツカングループ本社ビルで、既存建物の改修により自然換気を行った事例を紹介します。場所は愛知県の半田市です。稼業である醸造に適した気候風土と水に恵まれたこの地で、創業して江戸時代から200年の伝統を受け継いでいます。半田市を流れる運河沿いには、黒塀に囲まれた蔵の風景が現在も残っており、歴史を感じさせるたたずまいです。
運河と蔵の⾵景
この本社地区を再整備する計画において、半田運河の河川冷却風をとらえようと考えました。夏期や中間期の卓越風が、南北に流れる運河に沿って、冷却風となる。この風を取り入れて、各施設に有効な自然通風のシステムとして利用しようというコンセプトです。このビルでは免震レトロフィットの工事も行っていて、これを地熱利用にも結び付けています。 建物は1992年に建てられたもので、それを2013年から15年にかけて改修しました。西側のコアにある2つの階段室を、片方を給気用、もう片方を排気用に活用して自然換気を行う、ダブルステップエアーフローシステムです。半田運河の風を免震層を通し、給気用の階段室から執務室へ取り入れます。もう片方の階段室の屋上部に窓を設けて、抜いていくというものです。自然換気が有効な条件になったときには、免震層にある給気用の取り入れ口を開放し、排気側の階段室の窓も開けることで、自然換気を可能としています。各階には階段入り口の横に給排気用のガラリ・ダンパーがあります。こちらのダンパーを開けることで執務室に自然の風が入り、向かい側の階段室に抜けていくという仕組みです。自然換気だけでは室内の負荷を取り切れないときには、外気処理の空調機は停止したままで室内負荷処理用の空調機を自然換気と併用することもできます。また、フロアごとに自然換気を使うか使わないかを選ぶこともできます。
ミツカングループ本社ビル
ダブルステップエアフロ―システム
自然換気は、免震層の温度、湿度、外気風速、降雨量が設定範囲内で、免震層のエンタルピー≦室内エンタルピーの時に有効と判断しています。当初は免震層を通ってくる湿度の上限も設けていました。しかしこれだと稼働する期間が短くなります。免震層の空気の状態がそれほど悪くないことが確認され、有効性はエンタルピーで判断できるため、免震層の温湿度条件は外す変更をしました。これにより稼働期間を長くできました。 自然換気を運用したときのCO2濃度を計測しました。下階ではCO2の濃度が下がり十分な換気がされているが、上階のCO2濃度は下階に比べて高い傾向があることが分かりました。フロアによって違いが出るのです。自然換気の条件も当初はなるべく安全側で条件設定をしていますので、運用をしながら改善できるといいと思っています。
木村
このダブルステップエアーフローのアイデアについては、運よく、片側の階段室の最上部を改修すれば通風に使えそうだったので、結果的には8階まで自然換気のみでうまくいくことが確認できました。
金子
わたしがプレゼンを聞いていて印象的だったのは、竣工後に測定をして、運用しながら改善していくという話です。この姿勢がとても大事だと思っていて、できて完成ではなく、運用しながら不具合をなくし、改善を図っていく。それを目指すべきだと思います。

台風に耐える構造設計

構造設計者が扱う風は、自然通風で取り入れる風よりも桁違いに大きい。台風の際に吹く50年に1度という頻度の強風にも耐える設計を考えなければならない。

長岡
大阪オフィスの長岡です。設計を担当していた観音寺市庁舎についてまず説明します。2011年11月から基本設計を始めて2015年に竣工しました。設計にあたっては、自然エネルギーの利用や省エネ・省資源といった環境にまつわるテーマを設定し、そのなかで中間期の執務環境の向上を図るための自然通風も取り入れました。具体的にはエコボイドを使った通風です。カタログハウスビルや新座市庁舎と手法的にはつながるものです。
観⾳寺市庁舎
2つのエコボイドが執務室に面する位置にあり、西側の開口から入ってきた空気をエコボイドを通して上から抜く形で通風を行っています。この建物では西日への対策も必要となりました。ECPの縦ルーバーを付けたり、ロールスクリーンを設けたり、複層ガラスを入れて対策しました。平面の計画でも、西側に廊下を通して緩衝帯にする工夫も行っています。エコボイドは1番上に排気窓が付いています。竣工後に計測を行ない、自然の風が内部に入っていることが確認されています。換気回数としては1時間あたり6回くらいです。
断⾯イメージ
エコボイド
ここからは視点を変えて、わたしは構造グループに所属していますので、構造設計者から見た風という話をします。金子先生の基調講演で、ゆっくり歩いたときに感じる風が1m/sくらいだという話がありましたが、自然通風の風もそれぐらいまでが気持ちよく感じます。一方、構造設計に出てくる風というのは例えば風荷重で、台風を想定した風速30〜40m/sの強い風に対して安全性を検証します。構造設計では、これまでに話されたような風とは違って、はるかに強い風を対象にしている。そういうことをあらためて思いました。 地域性について言うと、風荷重の設計では地表面粗度区分というものがあります。敷地条件を反映したもので、何もないところに吹く風は強く吹き、建物などが増えていくとそれにぶつかって風が乱れて緩くなる、それを評価したパラメーターです。地方などで何もないところにぽつんと建っている建物や、海に近い建物だと、風荷重を少し強く設定します。そういうところで地域性が反映されていると思います。
もうひとつ、風速について少し補足すると、これまで話してきた風速というのは10分間の平均風速というものです。一方、台風のニュースで出てくるのが瞬間風速で、これは3秒間の平均値で、平均風速のだいたい1.5倍ぐらいです。2018年に関西で大きな台風の被害がありました。そのとき、和歌山県では33m/sの風が吹いたという記録があります。和歌山県の設計の基準風速は34m/sですので、50年に1度くらいのかなり強い風だったということがここからもわかります。以上、構造の設計者がとらえた風についてでした。
金子
ありがとうございました。観音寺市庁舎はわたしも拝見しました。もともと風が強いところなのでしょうか。
木村
瀬戸内海が近いので、風は非常によく吹きます。それから背後に小さな運河があって、そこにも風が流れています。
運河と観⾳寺市庁舎
金子
地域の風ということでは、たとえば沖縄だと台風が多いですよね。今日の議論では、いかに風を取り込むかという話がほとんどでしたが、風が外部からの敵として働いて、そこからいかに守るかを考えるという、反対側の設計もありそうです。

良い風を生み出すランドスケープ

風景という言葉は「風」を含んでいる。樹木や水路の配置など、ライドスケープのデザインによって気持ちの良い風をつくり出すこともできる。

榊原
「景観10年、風景100年、風土1000年」という言葉があります。言葉に「風」という字が入っていて、風が人間の暮らしをつくっていることを思わせます。今日は「水と緑の『風』景」という題でプレゼンテーションをさせていただきます。外の風を中に取り入れるという話を、今日はいろいろな形でしていただいたと思いますが、建築の外で気持ちの良い風をつくる方法、それはランドスケープと言ってよいのかもしれません。 取り上げるのは、立正大学熊谷キャンパスです。埼玉県熊谷市の市街地から荒川を挟んだ反対側の丘陵地帯にあって、敷地はアクティブゾーンと呼んでいる建物があるところと、キャンパスフォレストと呼んでいる森のゾーンに分かれています。このキャンパスのリノベーションに関わらせていただきました。 風配図を見ると、冬は赤城おろしの北風が吹いて、夏は逆に森の方から気持ちの良い南風が吹きます。夏や中間期に森を渡ってくる風を取り入れるようなランドスケープをどうすればできるか、というのがテーマになりました。
⽴正⼤学熊⾕キャンパス
熊⾕キャンパスの風
既存樹木を生かして学生が憩えるスペースをつくったり、桜並木を残しつつ既存水路を整備して魅力的な水際空間をつくりました。木や水による蒸散効果をランドスケープで生み出し、それを生かせるような建物の配置や水路の位置を考えていったプロジェクトでした。
既存樹を活かした憩いの場
⽔路と⽔際空間の整備
こうして生み出された気持ちの良い風を建築の中に取り込みたいと考えました。建物の南側は深い庇で日射を遮りながら、ガラス面をなるべく大きくして、大学の森の豊かな緑をみせる。また換気窓を使って水と緑を渡る心地よい風を取り込んでいます。 CASBEEのSランクを取得していますが、竣工して年月が経ち、水路はビオトープのようなランドスケープになってきました。野生の鳥が水路際で羽を休めるなど、10年が経って自然とも馴染んできたようです。
風をつくり・取り込む
⽔と緑をわたる風
金子
ありがとうございました。チャットで、「立正大学熊谷キャンパスはシージェス緑の認定も取得しています」との書き込みもありました。ランドスケープについては、わたしも非常に大事だと思っています。パッシブデザインの歴史的教科書であるビクター・オルゲイの『Design with Climate』という本がありますが、そこに書かれているパッシブデザインの手順として、まず外部環境を整える、そして建築的な工夫で解決する、それで足りない場合は機械を使う、と書かれています。どこかの時点で、建築的な工夫ばかりが語られるようになり、外部環境を整えるというところが削られてしまっていることが多いのですが、改めて原著を見ると、外部環境を整えることが最初に書かれているのです。そういう意味でランドスケープというのは大事で、風環境を考えていくうえでも欠かせない視点だと思います。
以上でパネリストの発表は終わりです。オープンディスカッションへと移りましょう。

地域性に配慮した自然通風の工夫

火山灰が降る鹿児島で自然通風を望む声にこたえた事例。灰を処理するためにバルコニーを各階に設けて、これを通じて風を取り入れるようにした。

金子
ここから先はいろいろな参加者からご意見・質問をいただければと思います。
関根
地域の風がテーマということなので、今年の2月に竣工した鹿児島銀行本店について紹介させてください。7階から11階までの高層階で自然換気を行っている事例です。ご存知の通り、鹿児島県では桜島からの降灰があるので、ボイドを使った換気ではなく、フロアごとに完結した換気にしました。ワンフロアごとに四隅のベンチレーションバルコニーから風を取り入れています。アウタースキンに電動のジャロジーがあって、バルコニーの内側にインナーサッシの引き違い扉があります。有効サインが点くと手動で開閉できるようにしていて、閉め忘れがあるといけないので、インナーサッシは中央監視で開閉がわかるようにもしています。ベンチレーションバルコニーで煙を炊いて、風が入るかどうかを可視化をしたところ、入っていることが確かめられました。ちなみにアウタースキンのジャロジーは1カ所で3㎡くらい、ワンフロアで合計すると12㎡ほどになります。床面積に対しては、開口が多く設けられている建築だと思います。
⿅児島銀⾏本店ビル
ジャロジー
ベンチレーションバルコニー
金子
チャットの書き込みに、「機械換気と自然換気、ハイブリッドでできるのでしょうか」とあります。いかがでしょうか。
関根
鹿児島銀行本店はハイブリッドでできるようにしています。機械換気の方でCO2の制御をしているので、自然換気をベースとして、それで足りなければ機械の方で補っていくという考えです。
金子
最近のコロナ禍で、機械換気の基準をCO2濃度で管理するという方向性になっているようですので、これからさらにCO2という観点が重要になってくる気がします。
木村
実は立原道造さんも東京大学時代の講義ノートで、室内環境のCO2濃度について書いています。人が吸う空気量と吐く空気量を医学的な計算で導き出しています。わたしがチェックしたら、人に健康的とされる現行の建築物環境衛生管理基準の1000ppmと合っていました。現在の建築設備の教科書にも載っていないことが、1930年代に書かれていることにはたいへん驚かされました。
立原氏の大学時代の講義ノート
金子
医学的なアプローチでその数字を出したわけですね。根拠はやはり身体性。そこが興味深いところです。
関根
もう一点、沿岸地域の問題です。塩害がある地域で自然換気はできるのか。私見では、基本的に建物は閉じられているものであり、常時屋外に暴露されているわけではないので、基本的に自然換気をできるようにして、条件の良い季節には窓を開けて入れればいいと思います。塩害が年間で100時間とかであれば、それほど気にする必要はない。皆さんはどう思いますか。
上田
塩害地域では中間期に海からの風がどれくらい塩分を含んでいるかを調べて、少なければ自然通風は十分可能だと言えます。あるいは海側からではなく、山側から風を入れるなどの工夫ですね。そういった創意工夫で、自然通風は成り立つのではないでしょうか。
金子
そのあたりは通風と言うよりは換気のモードなのかもしれません。
八木
鹿児島銀行本店についてもう少し教えてください。鹿児島市と桜島の位置関係に風配図を重ねて考えると、中間期や冬はあまり問題なさそうですが、夏になると桜島の方から風が吹いてくるようです。ナイトパージの際、影響を受けそうですが、特別な対策はしましたか。
鹿児島銀行本店と桜島
関根
桜島も常に噴火しているわけではないし、噴火しても風向きによって、影響は変わります。鹿児島で降灰があるのは夏の季節が多いですが、自然換気はあくまでも降灰がない時にすればいいのです。でも万が一、換気中に降灰があったときのことは考えないといけない。それでバルコニー状にして、清掃できるように配慮したというわけです。火山灰は粒子がかなり細かいので、機械換気のフィルターは目の細かいものを採用しています。
八木
自然換気に関する地元の人の考えについて、もう少し聞かせてくれませんか。
小林
窓を開けて風を肌で感じたいという欲求が、東京の人よりも強いという印象は持ちました。今、紹介してもらったのは本館ですが、裏側に9階建ての別館が建っていて、こちらは単純に窓を開けられるようにしています。東京だと9階建てのビルで窓を開けるのは、抵抗があるのではないでしょうか。
金子
確かに地方だと開けたい、風との接点を増やしたいという気持ちはあるかなという気がします。話の流れが面白くなってきました。 地方ということで、長野県立大学や上田市庁舎を担当された長田さん、何かコメントをもらえますか。
上⽥市庁舎
長野県⽴⼤学三輪キャンパス
長田
みなさんが地域の風をどうやって取り入れるについてプレゼンしていましたが、金子先生が冒頭、街区レンジの風の話で触れたとおり、建物を建てること自体がマイクロクライメイトをつくっていくことにもなるのですね。建物がその地域の風を取り入れるということと同時に、地域の風をつくっているのだという面も、しっかりと自覚しておくことが大事なのではないかと感じました。
榊原
今の話にとても共感します。都心部でも、建物で地形ができていて、それに沿って風が流れることがあります。六本木ボートレースビルの自然通風が、建物でできる地形「ストリートキャニオン」を意識して計画されていることが好例だと思います。
六本⽊ボートレースビル
金子
風景をつくるという言葉がありますが、まさに「風」と「景」の両方をつくっていますね。面白い視点だと思います。大阪の東原さんにもお話をうかがおうと思います。OIT梅田タワーでは先進的なボイドをつくりましたね。

都心部での自然通風の課題

都市には独特の気候環境があり、そこもまたひとつの地域である。大阪の都心に建設した超高層大学キャンパスで自然通風を採用した事例を紹介。

東原
OIT梅田タワーでは、地域の風というよりも、立地特性の風を取り入れたという感じです。敷地は大阪駅のすぐ近くで、大阪の真ん中にある建物です。すぐ脇にJRの東海道線や新御堂筋の高架道路が走っています。こうした立地環境において、自然通風を行いました。 南面から風を取り込んで、北側のコミュニケーションボイドという、学生の交流の場となる吹き抜け空間を介して、上部で風を抜いていきます。エコボイドは自然通風のための専用空間ですが、ここでは建築として必要な吹き抜け空間を使って自然通風を行いました。 先ほど、建物に取り入れたくないものがあるという話で、塩害や火山灰が挙がっていましたが、ここではすぐ脇を鉄道が通っています。しかしながら、取り入れた空気について、利用者からは特に問題は出されていません。
OIT梅⽥タワー
コミュニケーションボイド
金子
興味深い視点ですね。今日は地域の風というテーマで話てきましたが、地域というもののとらえ方は多様であるべきで、環境が元々良い地域もあれば、改善点のある地域もある。そのひとつが都心部というわけです。
八木
これに関連する問題が、自然通風の研究者でも最近よく取り上げられています。例えば音の問題です。窓を開けると外の騒音が入ってきてしまう。または地方だと虫の問題があります。自然通風の研究者は、非常に頭を悩ませているのです。最近の共通認識としては、コントロールできているかにかかっているということになります。どれだけ設計で考慮して取り組んでいるのか、ということが重要になると思います。
木村
自然通風に関して、石本の環境統合技術で取り組むべきテーマのひとつは、高さのある空間です。というのも高層階の頂部では、温度差や浮力の関係で、風が入るはずのところから出て行ってしまったりするんですね。それをどうやって解決するか。ミツカングループ本社ビルでは、10〜11階では自然換気では難しかったので空調換気装置を動かす運用をお願いしています。OIT梅田タワーでも、最上階のあたりでは機械換気に頼っています。自然換気に機械換気の制御をフレキシブルに取り入れていけるのがいいのかもしれませんが、そのあたりはこれからのテーマかなと思っています。
東原
風というものはどんなにシミュレーションをしても、どうしても大なり小なり想定外の現象が発生してしまう。それを前提として、オペレーションの段階で調整をしながら、うまく使える様にしていくことが大事だと思います。
(左)高層部 北面エコロジカルスキン 透明感のある超高断熱ガラスを採用 (中)高層部の南北断面 (右)南面エコロジカルスキン 多機能ダブルスキンに庇の陰影が特徴
金子
ボイドいうのは極めて人工的で建築的な空間だと思います。ここに自然の要素を絡めるのですから、そう簡単にはいかないのです。そのことを改めて感じさせられますね。
木村
山梨労働局に関して面白い話があります。エコボイドについて、利用者からは「この空間はもったいない、この空間を使えばもっと物が置けた」とずっと言われてました。ところが10年が経って、最近は「これがあるから風がよく入るんだ」と喜ばれるようになりました。受け止めら方が変わったのです。
金子
なるほど。「ボイド」と呼ばずに、何か積極的な意味のある空間の名前を考えたほうがいいのかもしれませんね。
金子
地域の風というテーマでどれくらい話が膨らむかなと心配もあったのですが、多様な地域の作品を通じていろいろな話題が出て、地域をどうとらえるかという視点が広がった感じがしました。冒頭のレクチャーで、新型コロナウイルス感染症の流行によって、都市という概念が薄くなっていくという話をしましたが、都市に行かなくても働けるということを考えると、郊外や地方に近いエリアが見直されてくるだろう。そういう意味でも地域性というキーワードは、改めて重要になってくるはずです。
司会
地域の風というのは、それぞれのプロジェクトを通してみんなが考えていかなければいけないことですので、継続して取り組んでいきたいと思います。ありがとうございました。

第3回環境建築フォーラムを視聴して

今回のフォーラムでは、自然通風の技術について、石本建築事務所が全国各地のプロジェクトでそれぞれに取り組んでいる課題と、その解決手法を見ていくことによって、建築における地域性というテーマが浮かび上がってきました。これを水平軸とするなら、垂直軸にあたるものあり、それは過去から未来へと至る時間線です。コメンテーターの木村さんは立原道造にもさかのぼれる石本の環境統合技術の歴史に触れ、金子先生の基調講演は新型コロナウイルス感染症の拡大で変わろうとするこれからの建築のあり方に言及しました。タテヨコに視点が延びる多次元的な議論の展開は、環境統合技術室で果たすべき情報交流のあり方をよくあらわしていると思いました。

磯 達雄

1963年埼⽟県⽣まれ。88年名古屋⼤学⼯学部建築学科卒業。88〜99年『⽇経アーキテクチュア』編集部勤務。2000年に独⽴。桑沢デザイン研究所⾮常勤講師、武蔵野美術⼤学⾮常勤講師。共著書に『昭和モダン建築巡礼』『ぼくらが夢⾒た未来都市』『ポストモダン建築巡礼』『菊⽵清訓巡礼』『⽇本遺産巡礼』など。