環境統合技術室

第8回環境建築フォーラム

光環境デザイン・
視環境デザイン

2023年10⽉20⽇ 16:30~19:00

座長:金子尚志 / 講師:中村芳樹(東京工業大学名誉教授 VLT代表)、近藤秀彦(遠藤照明)

基礎講座
中村芳樹(東京工業大学名誉教授 VLT代表)

中村
本日はMITチャペル・キンベル美術館・セイナヨキ教会を題材にお話しします。 どの建築も光の使い方がとても上手ですが、今日の話は、どちらかというと建築よりもこれからの設計手法が中心となります。 「光環境を設計することは、見え方を設計することになる」ということと、その具体例のお話をしたいと思います。
まずは、MITチャペル、エーロ・サーリネンの設計です。これは、上が天窓になっていて、背景にはモビールがぶら下がっており、中央に祭壇があります。光は天窓の方から入りますが、その様子を見ると、はじめ光は少なく、祭壇の辺りで最高潮に達しているのが分かります。光は天窓からきているのですが、徐々に光量が増え、ここで一番明るくなっているように見えます。これがとても不思議だという話をします。
MITチャペルは円筒形、シリンダー状になっていて、そのシリンダーの真ん中あたりに天窓が付いているとてもシンプルなものです。下の方には水盤があって隙間から光が入るようになっていますが、ポイントは光が降り注いでくるところの作り方にあります。先ほどの光を見た印象でいうと、はじめ光は弱々しいのですが、神父さんの背後ぐらいで光が最高潮に達するような見え方をするわけです。しかしながら、物理的に言うとこれは非常に変なのです。
天窓の光源は4mぐらいの円形になっていて、そこから光は下に落ちてきます。光源から光が落ちてくることを物理的に表現すると、このような式になります。光源は「I」と書いてありますが、光度で表現されます。「R」というのは距離です。これは逆二乗則といって、照度は点光源からの距離の二乗に反比例するというものになります。
この建物は高さ10mぐらいですが、8mの位置に面を考えて、そこに入る光量を計算すると377lxです。6mになると、距離が離れるために照度が下がって41.9lxとなります。4.5mだと18.6lx、2.5mだと9lx、最高潮に見える祭壇の後ろは、この計算だと6lxぐらいしかありません。一番上の8mのところが照度が一番高く、距離が離れていくにしたがって光量は減っているのです。照度だけ見ていると、祭壇のあたりは光が足りないから光を足そう、という話になるわけです。でもちょっと足せないということになって、暗くても仕方ないなと、ただ物理的におさえるとそういう結論になってしまうわけです。
照度計算
空間に存在する光の量
しかしながら、エーロ・サーリネンはそれを克服しました。 何が問題かと考えると、天窓のまわりに糸が張ってあり、そこに板が貼ってあります。その板がいろんな方向に向いて、光が当たっているのです。 よく見てみると、上の方は板が少なく、下になるほど板が多くなり、このあたりが一番多く密に入っています。そうすると、まるでここに光が固まっているように見えるのです。
照度だけを計算すると10lx程度ですが、光を受けるものを付けることによって、明るさの関係が物理的なものと全く逆転するようなことが起きるのです。つまり、目に見える明るさと照度は違うので、ちゃんと目に見える明るさの量を考えないといけない、ということになります。

この写真を見ると、落ちてきている光は見えず、見えるのは背景の黒いレンガだけです。光がいくらあっても、目に見えないのです。光が見えるためには、目に光が入らないといけません。天窓の脇にモビールをぶら下げてそこに反射板を付けると、反射板に当たった光が、我々の方に飛んでくるわけです。だから、見える。その見える量を下の方で増やしていけば、下の方が明るく見える。目に入る光が必要だというのは、それが輝度というものです。
照度は、そこに存在する光の量を測ることができる。 輝度は、目に入ってくる光を検討することができる、ということです。 エーロ・サーリネンは、輝度という言葉は知らなかったと思いますが、実際にやってみるとこっちの方が明るいことがわかります。
MITチャペル内観
実は、輝度と照度はとても簡単な関係にあり、「L」はルミナンスといって輝度です。「E」はイルミナンスといって照度です。その間にある係数ローは反射率です。 白いものは反射率が高く、グレーだと反射率がちょっと低い、黒だと非常に低いということになります。先ほどのモビールはおそらく木だと思いますが、反射率を少し高くすると輝度は高くなります。下の方にあるモビールの反射率を上げると、さらに明るくなります。
光の存在を示す測光量は照度、目に見える測光量は輝度で、我々は目に見えないと光を判断することができないということです。
照度と輝度1
照度と輝度2
私はもう何十年も前から言ってきましたが、ようやく最近、輝度が注目されるようになりました。輝度を入れないといけないとうことは、研究者も設計者もよくわかっていたのですが、規格に入ったのは、2016年の日本建築学会の照明環境規準でした。 そして、今年になってJIS-Z9125に輝度が入りました。 これからの照明設計は照度と輝度を用いて行われることになります。つまり、光の量を計算するのと、目に見える光がどうなっているのかを考える、ということになります。
日本建築学会環境基準
JIS-Z9125
では、照明設計に輝度を用いればよいかというと、実は一筋縄ではいきません。輝度だけでもいけない。その例として、ルイス・カーンのキンベル美術館を説明します。 よくご存じだと思いますが、かまぼこ型に建物が繋がっています。かまぼこ型のヴォールトにスリットが入っており、壁の上にもスリットが入っています。 一番のポイントは、天井に付いている反射板です。スリットから入る光をこの反射板で受けて、パンチングになっているので一部の光は下の方へ行き、反射したものはこのヴォールト面に来るのです。
この建物のポイントはヴォールト面の明るさです。はじめはヴォールト面が明るいなと感じるだけですが、やがてこれが光って見えてくる、光り輝いて見えてきます。しかし、このヴォールト面の輝度はそれほど高くありません。反射しながら外の光を入れているので、そんなに高い輝度は作れないのです。 実測してみると、一番明るいところでも700cd/m²、他の部分は40とか100ぐらいの値になっていました。でも光って見えるのは、なぜでしょうか?
キンベル美術館
彼は敬虔なクリスチャンで、建物の中に光を持ち込んで光り輝いているような空間を、ずっと作りたかったのだと思います。彼はいろいろと考えてキンベル美術館行き当たったわけですが、自分が光環境を作っていくというような話を、大学の講義でもよくしていました。フィラデルフィアで講演した内容が『沈黙と光』という著名なテキストになっています。 カーンは『沈黙と光』の中で、光がない状態には2つあると書いています。 それは「ライトレス」と「ダークレス」です。「ライトレス」とは文字通り光がない状態のこと、「ダークレス」とは暗い部分がないことを表しています。
実は、光を作るには暗いものが必ず必要なのです。光をどんどん足せば輝くようになるかというと、そうではありません。暗いから光を足そうと考えがちですが、それだけで明るくなるとは限りません。どうやって暗いものを足して、その部分を明るく見えるようにするか、ということが大切です。ルイス・カーンはキンベル美術館でそれをやっているのです。
ここに2つのグレーの色票がありますが、どちらも同じ明るさで、薄いグレーに見えます。ところが、背景が変わると左の方は明るいグレーに見えて、右側はちょっと暗いグレーに見えます。このように、周辺が暗いと明るく見えるのです。MITのチャペルの反射板も同様で、暗い中に輝度があるので、実際の輝度よりも明るく見えるのです。 このことを、カーンは「ダークがないとライトが生じない」と言っています。
色票
ここある輝度分布の画像で、ヴォールト面の輝度と他の面の輝度がわかります。「Value」が輝度の値です。ヴォールト面は720ですから、それなりの輝度がありますが、こちらは100ぐらいしかありません。でもこの状態で光っていると感じる、光って見える。なぜかというと、天井の低くなっている部分は5しかありませんし、こちらの壁は14しかない。
つまり、ちゃんと暗いところを作っているのです。暗いところを作ると、輝度がそれほど高くなくても、輝いたり明るく見えたりするのです。同時対比の効果といいますが、それを建築空間で初めて作ったのです。多くの人が知っていながら設計に入れることができなかったものを、彼はちゃんと入れて設計をした。だから、光るヴォールト天井が設計できたというわけです。
輝度分布画像
対比の効果
この絵は、外部の環境が見える仕組みを表しています。人間の目には水晶体があって、レンズが付いています。学生の時に、ろうそくを立てた先にレンズ・スクリーンを置いて、動かしていくとあるところで焦点を結んで、綺麗な絵が映るという実験をやったと思います。 人間の目も同じで、外部の環境をそのまま網膜に投影して、それを見ているわけです。ですから当然ですが、入ってくる光を見ていることになります。
外部環境が見える仕組み
例えば、山があって空があって雲があるような風景を見るとします。そうすると、まわりから光が飛んできて目の中に入ります。ここで、目の前に透明なスクリーンがあるとします。そうすると、山の方から、あるいは空の方から我々の目の方に飛んでくる光は、透明スクリーン上の一点で交差します。つまり、この透明スクリーン上に山や空があるのと同じことになります。スクリーン上で光が飛んできているのと、物体があって光が飛んできているのは、目を全く動かさなければ違いはわかりません。
実は、それは写真ですね。写真の場合は、レンズがあり、CCDなどの撮像素子があります。外の光を取り入れてスクリーン上に映し出し、測定しているということになりますが、それは人間の目と一緒です。外から飛んでくる光とは、輝度のことです。輝度が飛んできて、レンズで屈折して、網膜像ができることになります。 目に見えさせる光の量は輝度、つまり見えるものはすべて輝度であって、照度は見えないのです。実際には色も付いているので、光の色を扱うことができます。写真の場合はそれをRGBの画像として測定していることになります。
例1
例2
例3
この写真はセイナヨキの教会ですが、これをパソコンやスマホで見ている状況を想像してみましょう。普通は、部屋の中にあるディスプレイで見ていることになります。その場合、真っ暗なところで見ているわけではなく、光の環境があります。例えばこの部屋だと、天井に照明器具付いていて、そこに光があって、その中にパッとディスプレイが出ているわけです。我々はそれをこうやって見ているわけですから、さっきの景色と一緒ですね。ディスプレイの表面から目の方に光が飛んできています。しかし、ディスプレイの中の光と外側の関係は少し違っています。ご存知のように、ディスプレイには小さいRGBの発光体が並んでおり、それが光って目の方に光が飛んできて、輝度と色度で表現されることになります。
セイナヨキの教会
ディスプレイ1
ディスプレイ2
ディスプレイは、現実の環境を測定したものを、完全にそのままではありませんが、それに似たものを出しています。通常はディスプレイで見ると、周辺の環境が違うので現実と同じようには見えないのですが、同じようにする方法があります。それがVRです。今では、5000円ぐらいの安いゴーグルでも可能ですが、スマホを入れて覗くと視野のほとんどの部分が見えます。クルクルっと回すと、ジャイロ機構によって、部屋の中を見回すこともできます。
私は、そのデータはとても重要だと考えており、すべての設計者に使ってほしいという思いから、『あぴ探 AR ARCHIVE』として公開しています。全方位360度の輝度分布を測定したものがアーカイブとして公開されていて、現在は1500シーンぐらいあります。
VR
あぴ探 AR ARCHIVE
これは横浜高島屋のデータですが、左2つが室内照明で、右2つが屋外の昼光です。例えば、このレストランを選択すると、このように4画面に分割されたものが出てきます。左上はリアルアピアランスといって、写真のような見え方をしていますが、輝度の値を持っており、この壁の輝度は260ぐらいであることがわかります。260がどのぐらいの明るさなのかは左側で確認でき、8.98ですから結構明るいです。 光源のように光って見えるところは赤、十分明るく見えるところは黄色、黄緑色は明るくも暗くもないところ、青は暗く見えるところです。これはとてもよい照明で、明るさ分布もとてもよいことがわかります。

これにはTHETAというカメラを使いますが、このようなことが可能になりました。重要な建物であればこれで撮影をして、それをみんなで共有して検討することができます。もちろん、シミュレーションにも活用でき、Climate Studioを使えば1年中の光の状態を体験することもできます。また、グラスホッパーを使えば、様々なパラメトリックデザインも可能です。
事例1
事例2
事例3
照度から輝度へという流れがあり、さらに考えを進めていくと、このような実際の見え方に行き着きます。それは、Metaなどが進めているVRであり、AIにもつながります。AIは必ず建築設計に入ってくるだろうといわれており、気になっている人も多いでしょう。聞くところ、プロンプト・アーキテクトという新職種も誕生しているそうです。
おそらく最初に出てくるのは、パース画像のAI生成ではないでしょうか。しかし、AIが生成する絵と写真とを比べると、全然違ったものに見えます。AIの絵はなんだかのっぺりしていますね。いろいろなところのディテールを表現しようとすると、輝度の分布が小さくなってしまいます。8ビットの間で輝度を表現しようとすると、明るいところはちょっと暗めになり、暗いところはちょっと明るめになります。これをちゃんとしないと、実はAIで作った画像は使えません。
AI生成
AI生成との比較
結論になります。屋内・屋外とも、これからの光環境の設計は、照度だけでなく輝度を考慮したものになります。輝度を考慮することを進めていくと、ディスプレイ画面のような輝度と色度の分布の設計に帰着します。そして、一点だけの輝度ではその光関係はわからないため、画像として扱う必要があり、そうするとディスプレイの輝度分布が現実とどう違うのかという話になり、最終的には全方位画像を使った見え方を設計することになる、ということです。
かつては、光を設計する時に、照度だけ、光の量だけを考えていましたが、それでは駄目だということで輝度を考えるようになりました。輝度を考えるようになったということは、実は輝度画像を考えることであり、つまりそれは現実空間の写真と同じようなものを設計することになるのです。 初めに「光の関係を設計することは、最終的には見え方を設計するようになる」と言いましたが、これからは必ずそうなります、ということが今日お話したかったことです。
結論
金子
ありがとうございました。本当に楽しみにしていた以上のお話がうかがえて、とてもわくわくしながら伺っていました。
先生は“見え方”、私は“見える化”という表現をしましたが、輝度と照度の対比の式にも出てくる反射率が、私が建築設計をやっている中で気にしているところです。この空間にもいろいろな物質というか素材があって、その素材が持っている反射率がすごく大事なのではと思っています。
また、今日はたまたまセイナヨキの教会の話が出ましたが、光を考えていくなかで出てくるテーマは似てくるものだなという気もしました。