環境統合技術室
第5回環境建築フォーラム
風景における環境統合
2022年2⽉15⽇ 17:00~19:30
座長:金子尚志 / 総合司会:環境統合技術室
パネルディスカッション
司会:金子 尚志 パネリスト:大橋 航、畠澤 正太、根本 亮佑、高柳 雅一、⽊村 博則
事例1:今治市営スポーツパークテニスコートハウス
- 大橋
- 今治のテニスコートハウスについてご説明します。 これは愛媛県の今治市がクライアントです。2017年の愛媛国体の会場の一つとして計画されました。コートハウスは設計を開始した段階では、事務室や更衣室、会議室などからなる、「管理棟」でした。どちらかというと、裏方的な役割をもったプログラムです。 皆さんはスポーツといったときに何を思い浮かべますか。スポーツは実際プレイ「するスポーツ」だけではなく、「観るスポーツ」、そして指導やボランティアといった「支えるスポーツ」と多様化しています。 監理棟というプログラムを、この する・観る・支えるという三つのアクティビティを受け止める場として捉えなおすことで、老若男女、多様な立場からスポーツの興奮を共有できるような、新しいスポーツ施設を提案できるのではと考えました。
- こちらが敷地である今治新都市をはじめて訪れたときの写真です。広大さに圧倒されました。 左に模型のように、コンパクトな形を置くと、広場やコートにとっても、この建築にとってもあまり良い状況になりません。建築が孤立していて、障害物になってしまっている感じがします。右のように、細長くしてはどうかと思い、広場とコートの境界にそって、配置してみた案です。そうすることで周辺と様々な良い関係性がつくれるそうだということが発見されました。建築が環境の一部になっているようで、広大な風景の中で、この伸びていくような形状が、風景と人のスケールをつなぐようなものにできるのではと考えました。 プランの考え方ですが、左側が一般的な中廊下型のプランです。ここにある黄色の共用部をひとまとめにして、この細長い、テニスコートに沿って同じ幅だけあるラウンジとすることで、テニスを「観る」場所にできるのではと考えました。
- 全体の配置です。これがコートハウスです。12面のコート、4面の屋根付きのコート、大会の物販などに使われる広場、駐車場などからなります。コートハウスだけでなく全体も設計をしております。 観る場とするために、テニスコートに沿ったボリュームは少し浮いたようになっています。ピロティの天高は2150です。これはテニスコートを見やすくしつつ、できるだけ低くおさえています。この低さがこのピロティにとって大変重要な寸法です。2階というよりは、少しあがったところ、という高さで気軽に上がれます。このピロティが選手がウォーミングアップをしたり、家族が待機したりと、支えるスポーツの場として、活かされています。また浮いたラウンジからは観客席越しにテニスコートを見ることができます。テニスを好きな方はご存じだと思いますが、このアングルはテレビなどで放映される際のアングルであり、テニス競技を見る最も面白いアングルと言われています。
- プランです。1階はトイレ、詰所などがコアとなっていて、残りはピロティです。2階の平面形状がこのグレーの部分です。ピロティの輪郭とコアの配置によって様々な場所ができるよう、相互の関係をスタディして平面は決定していきました。 2階はここがメインの入口です。ラウンジは幅4.2mです。居場所にも、動線にもなるようなつくりです。テラスを介して直接、観客席やコートにつながっています。そして医務室、会議室、更衣室などが南側に並んでいます。この会議室は大会時には運営本部に使えるようになっています。いわば片廊下型のプランなのですが、廊下のほうが主役になっているところに面白さがあります。 この建築のストラクチャーを考えたときに、スポーツの建築として、人の身体に近いスケール、感覚的な言い方になりますが、手で運べそう、と感じるぐらいの部材で構成したいと思いました。またピロティは大地の延長としてハードな使われ方にも耐えられるよう、コンクリートの空間にしたいという風にも考えました。2階の床をボイドスラブとし、RCのコアをバランス良く配置しています。このスラブはL字型の耐震壁で支えています。2階から上は鉄骨造にすることで軽量な構造となっています。そのことによって、ラウンジに壁を設けることなく、この長手方向のRC壁だけで面内、面外方向共に地震力をうけられるようになっています。柱は、114φ、スラブ厚は300になっていて、それがスポーツの軽快感にあうようなものになったのではないかと考えています。
- 広場側から見た全景です。広場に対してはこのように2階のボリュームがぽこぽこと出っ張っています。広場側が南面ですが、出っ張ったボリュームが出庇となっており、西日などを効率的にカットしています。
- これがアプローチから見たところです。低く細長い建築が周囲の風景に溶け込むように建っています。 コートとコートハウスの配置の関係性によって、コートが少し囲われた、特別な場所になっている様子がわかります。コートハウスの正面はセンターコートのような位置づけになっていて、決勝戦などここで行われています。 これは実際に試合の様子をコート側から見たところです。コート・観客席・コートハウスとそれぞれのレイヤが重なって一つの場をつくっています。建築やランドスケープといった境界がなく、ただそこに一体的な場が立ち現れているのを目撃して感動しました。
- 中からはテニスコートはこのように見えます。また広場側もこのように見渡すことができます。この真ん中のあたりに机が出ているのが大会時の本部です。大会を運営する側も応援する側も一体になってこのラウンジを使っていて、また時折、選手が大会の結果報告や表彰のためにこの中に走って入ってきます。廊下でも部屋でもあるような幅が様々な使われ方を誘発しているようです。
- こちらがピロティ全体の様子です。テニスはプレーの合間の選手や親御さんが多く待機する競技です。一般的な競技会場では仮設のテントがそのための場になっており、それが立ち並ぶのがよくある風景ですが、ここではピロティがその為の場となっています。ピロティは2Fの平面形をそのまま生かしているため、浅い所や奥深いところ、広いところがあるなど、小さな多様性があり、それが使われ方に影響を与えているのが面白いと思います。 また細長い平面と、薄いスラブ、手を伸ばせば届くような階高という組み合わせが大切です。ピロティとラウンジ、向こう側のテニスコートが、それぞれ、別の場としてそれぞれの過ごし方でありながら、互いの気配が交じり合い感じられるような、この距離感がそれによってできています。そうすることで、する人・見る人・支える人が共にスポーツを体験できるわけです。 これは活き活きと、人とスポーツ、人と風景をつなげるような場にしたいと思い、「管理棟」をアクティビティを通して捉えなおした建築です。 さて今回のテーマを頂いて思い返して思ったのが、外構も一体的に計画を行ったため、どこまでが建築なのかということをあまり決めつけずに設計を行っていたということです。それが実際の使われ方にも影響しているように思います。 ランドスケープも建築であり、建築もランドスケープだといっても良いのではないでしょうか。アクティビティ視点からは、見るとランドスケープ・建築といった境界はなく、全体として使う方々のために環境、つまり風景をつくるということが大切なのではないかと思います。
- 金子
- 今回のテーマにとてもふさわしい建築だと感じました。冒頭で少し、関わり代という言い方をしましたが、ランドスケープも建築、建築もランドスケープと話がありました。そのような言葉がとても実践されており、形態としても表れているところではないかと思いました。ロビーの所がランドスケープに手を伸ばし、ピロティの所が建築に手を伸ばし、そのような形態と使われ方、空間の質が非常にうまくできているのではないかと思います。そのとき意匠的に考えていくと、スラブの厚さの話がありましたが、かなり重要なところだと思いました。一般的には断熱をしっかりしなければいけない一方、断熱を強化するのは外との縁を切ることでもあるのだと、そのような話が頭をよぎりました。断熱と環境の在り方について、あらためて考える必要があるのではないかと思いました。
- 平山
- 今治市営スポーツパークは、風景に溶け込みながら新しい風景をつくるところができているのがいいと思います。敷地が広い中で、建物の配置がどのように決まったのでしょうか。
- 大橋
- 当社が関わる以前にスポーツパーク全体の中でのテニスコートの位置は概ね決まっていました。その中で、テニスコート16面、屋根付きのコート、コートハウスをどのように置くのかに関しては、私たちの設計の中である程度考えました。全体のアクセスの関係から、左の角に建物が接するのだと考えていました。テニスのコートハウスでもありますが、公園全体の管理棟でもありますので、駐車場の管理も含めて行う形であり、この辺りだと決まっていました。 その中で、いくつかのパターンもスタディしましたが、テニスコートの配置がある程度決まった段階で、テニスコートとの関係性をつくるために今回の配置になりました。その中での特徴は、L字に曲がっていることで、広場自体は小さいのですが、全体の広大な中で少し落ち着きのある環境をつくるのであれば、囲うほうがいいのではないかという点です。
- 金子
- カーブの所が直角である場合を考えると、だいぶ見え方も変わりますし、視界の広がり方も変わってくるのではないかと思いながら、話を聞いていました。
- 司会
- スポーツや人間の行動を切り口にしたスタディー内容をご説明いただきましたが、この場所ならではの気候的な特徴等から計画へ反映したことはありますか。
- 大橋
- 瀬戸内は気候がよく温暖で晴れている日も多いため、やはりピロティが有効だと思います。ただ、全部の部屋に光が入り、自然通風するようにという、ベーシックな条件も満たした計画としています。
- 金子
- 瀬戸内は非常に日射量も多く、温暖です。その気候特性がこちらの形態を可能にしているところもあると思います。逆にいえば、気候特性をしっかりと形にしていると言えると思います。本日のテーマの、風景・ランドスケープという視点でいうと、どのような気候特性を持っているのか、もう少し広い視点でいえば地域性を拾い上げていく、非常に重要な視点ではないかと思いました。
- 大橋
- 役所自体が丹下健三さんの設計であることもあり、建設課の方々も、丹下健三さんの建築をよくご存じで、ピロティは何も用途を決めないでおいておくことに意味があるのだと、そのような部分で理解が深く、助けられました。
- 金子
- とてもいい話です。良い建築ができるときに良いクライアント有り、理解してくれるクライアントがいてこそです。設計のポテンシャルを最大限に引き出してくれたという話ではないかと思います。
*photo Daici Ano
事例2:サンマリーンながの・リサイクルプラザ
- 畠澤
- 外観のランドスケープデザインと、メインの機能である屋内プール空間、本日はこの二つの視点からご説明したいと思います。 まず簡単に施設の概要を説明します。計画地は、北陸新幹線の長野駅から車で15分程度、一級河川の犀川と千曲川の合流地点に近く、犀川に隣接した敷地です。本計画は、長野の海として長年親しまれてきた、旧サンマリーンながのという施設が解体され、その跡地に新焼却施設を建設し、その余熱を熱源として利用する、屋内レジャープールと集会場の複合施設を建設するプロジェクトです。平面構成としては、プール機能が入るサンマリーンながの、集会場機能が入るリサイクルプラザ、こちらの二つの施設を、通り抜けが可能なアトリウム空間で結ぶ構成です。
- ランドスケープデザインについて説明します。敷地の南側には、犀川流域最大の緑地であるプラザの森という豊かな緑地が広がっています。反対に、北側、西側は住宅街に面する周辺環境でした。豊かな景観の敷地に巨大な箱物施設が二つ立ち並ぶことを問題点として捉え、デザインの足がかりとしました。 新境焼却施設と住宅街の間に設けられる緩衝緑地を生かして、公園から河川敷までを結ぶ環状の遊歩道軸を設定しました。遊歩道の南東側に水泳場であるサンマリーンながの、北西側に、集会場であるリサイクルプラザを配置し、通り抜け可能なアトリウムで2施設を結ぶ配置構成にしました。屋内プール空間の間口をプラザの森側に大きく確保することにより、プールから森がよく見えるような配置計画を意識しています。“緑の丘が建物全体を包み込む、公園のような建築”“環状の緑地帯を連続させるランドスケープ”といったテーマをプロポーザル段階から提案し、設計を進めていきました。
- 斜面緑化により緑の可視面積を確保するとともに、大屋根は3次局面により軒高を抑えて、周辺への圧迫感を低減しています。丘の上にプールの明かりが浮かび上がり、犀川沿いにシンボリックな風景を創出できたのではないかと思います。緩やかなカーブ形状により導かれるアプローチ動線、その奥に連続する吹き抜けのアトリウムは、長野市産杉のルーバー天井の間から光が差し込み、公園の散策路のように誰もが気軽に訪れることができるようなエントランス空間を目指しました。本建築の特徴的な形状は、このような平断両面からの設計アプローチにより生まれています。隣接する焼却施設は、長野市ではなく、別の団体が事業主になり、建設工事を進めるプロジェクトでした。弊社は関わっていませんでしたが、つながりの丘として、丘の景観を連続させるデザインが隣地でも採用されて、先生の言葉を借りるのであれば、ランドスケープポテンシャルが可視化されて、隣地に共有することができたと言えます。
- 続いて、風景というテーマからは少し外れますが、屋内プール空間の技術的なアプローチを説明します。プール空間の設計課題として、過酷な環境における経済的な大架溝の実現、意匠、構造、環境が技術的に統合したメンテナンス性、快適性の確保に取り組みました。構造は、耐震壁付きラーメン構造の下部構造、その上にトラスの鉄骨架構が掛かる構成です。 3次曲面の屋根架構は、逆三角形断面の一方向鉄骨トラスが、回転面に添って配列される構成とし、トラス形状の統一により、制作、加工の合理化を図っています。天井は直天井仕上げとし、空気の滞留する天井懐を設けない計画にしました。トラスの主材は鋼管、母屋はリップなしの溝形鋼にして、水下側に向けて配列、水たまり部をつくらない納まりを心掛けています。また、本来は鉄骨柱と床面から4メートル以内の梁材へ求められる耐火被覆の範囲を、耐火性能検証により、範囲を縮減することで、経済性、メンテナンス性に配慮しました。
- ダクトルートとしてプールサイド下のピットを活用し、居住域暖房の他、天井面、建具面への除湿空気の吹き出しを行い、結露を抑えています。特に天井とトップライト回りに空気のよどみをつくらないように配慮しています。カーテンウォール沿いには、温水を流したフィンチューブを回して、上昇気流を生むことで、冬でもほとんど結露が生じない、クリアなペリメーター環境を創出し、犀川の森の風景への視界を確保しました。雪景色が見られる屋内プールは、日本でも珍しいのではないかと思います。また各所に小型のスピーカーを分散配置し、音量を抑えた放送を行うことでプール特有の残響を軽減しています。このように各セクションの収まりを一つずつ抑えていくことで、設備類が認識されにくい、すっきりとしたプール空間を実現しています。
- 意匠的には、湾曲した壁面により大空間を分節して、立体的に機能をゾーニングすることで、平面的で均質になりがちなプール空間に変化を持たせて、有機的な空間のシークエンスを感じられるようにしました。こちらは夜景の様子です。一般的な市民プールの概念にとらわれない空間ができたと考えています。以上で発表を終わります。ありがとうございました。
- 金子
- ありがとうございました。ランドスケープが次の連鎖を生むという意味でのとても良い事例だと思います。これほど大きな内部空間を持っていると、いわゆる外周りのランドスケープのみではなく、内部空間でも、風景、景色の話をしていましたが、そのようなところがつくられていて、しっかりと外と関係しながら成立しているところが非常に面白く、興味深いと思いました。まさに外と中の関わり代が実現されています。プロポーザル時点でしっかりと提案していたところが良かったと話していましたが、いろいろと議論があったのではないかと思います。
- 畠澤
- 先ほど説明のあった今治のプロジェクトでもあったように、最初は四角い施設で計画していましたが、ハコモノ施設に見えない公園のような建築を作ろうと、チーム内では早い段階で共通認識が構築されました。あとはどのようなプランとするか詰めていく流れでした。そのきっかけは、敷地を見た際に当初とは違う新しいイメージを作り出そうと感じたことです。デザインの道筋は割と早めに立ったと思います。
- 金子
- 今回の場合は、Rで円環状につなぐことに加えて、ランドスケープが建築に吸い付いていくような構成です。どのようなタイミングで、そのような方向性が見えてきたのですか。
- 畠澤
- 動線を設定して、施設を配置したときに、建築自体がランドスケープというか、公園のように見えるような外観にしようという発想でした。そのようなことも早い段階で、方向性が決まっていました。
- 金子
- 緩衝緑地から連続していく緑地が、いつのまにか建築に変わるイメージなのではないかと思いました。そのような狙いがあったのでしょう。
- 高松
- 道からプールに入ったときのダイナミックさがいいと思いました。ただ、景色としてはランドスケープはつながっていますが、パースのエンド部分は、いろいろな制約があり、行き止まりではありませんが、迂回しなければいけないことがあると思います。そのようなエンドの位置の決め方を、どのように納得して決めたのかが気になりました。 もう一つは、曲面の屋根の片方は少し角張った形状です。その辺りは、実際に敷地に立ち、何かを感じてそのような形にしたのか、経緯があればぜひ教えていただきたいと思いました。
- 畠澤
- まず緩衝緑地を含めたRの動線は、どうしても新焼却施設のゴミ収集車の動線や市民への安全性の理由から、このまま真っすぐつながるよりは、少し迂回して、またRの道になるつながり方をしています。逆に反対側の1級河川の犀川に向かっていく動線についても、1級河川の堤防の壁は厚く、こちらに駐車場がありますが、基本的には駐車場へ行くための動線です。設計の初期段階でこのような結論になりましたが、アトリウム空間がだんだん奥に向かってすぼまっていく形状は、機能的にも、空間的にもパースが効いて、少しアクセントになりました。建築的に少し面白くなった要素ではあると思います。 屋根の形状については、こちらを丸くすることにこだわってもよかったのですが、経済性、機能性とのバランスの観点から判断しました。
- 金子
- ありがとうございました。ランドスケープデザインでいうと、エンドの部分にアイストップを設ける常とう手段のようなものがあります。そのようなことを建築空間として狭めていくことでエンドを意識させる方法もあるのだと聞いていました。 芝生の斜面は、人は上がることができるのですか。横に階段が見えていますが、人が入ることができるのは階段のみでしょうか。
- 畠澤
- こちらは急斜面ですので、あまり推奨していませんが、低い所までは入ってもいいことにしています。気候のいいときであれば、斜面で休憩することも可能です。
- 金子
- 分かりました。私のランドスケープ、建築の外周りの出来具合を計る自分の中の指標として、建物がオープンしていなくても建築を楽しむことができたのかについて、基準にしています。そのような意味では、こちらの施設は、建物がオープンしていなくても、十分に楽しんで帰ることができる気がしました。ありがとうございました。
事例3:豊島区立池袋本町小学校・池袋中学校・池袋第一小学校
- 根本
- 敷地は、東京都豊島区です。池袋駅から東武東上線の北池袋駅が最寄り駅です。今回、豊島区立池袋本町小学校・豊島区立池袋中学校と豊島区立池袋第一小学校は、共にプロポーサルで受注。同じ学区に当たる学校二つを、石本建築事務所にて設計することができた、貴重な計画です。 豊島区立池袋本町小学校・豊島区立池袋中学校は、旧池袋第二小学校、旧文成小学校、池袋中学校の3校が統合した小中連携校です。一貫校とは違い、小学校、中学校でカリキュラムは分かれていて、共有することのできる教室は共有し、教育の連携を図る学校です。 計画の話をする前に、豊島区全体の話をします。現在、豊島区では、芸術と緑に大変力を入れています。隈研吾さんが設計した豊島区庁舎を中心に、豊島区立目白小学校、近年では公園でとても有名な南池袋公園といった豊島区全体で緑のネットワークを作り上げています。その中の北側に当たる所が、今回の計画地です。 計画コンセプトは、小中、地域がつながる緑の拠点です。小中二つの敷地、隣接している池袋本町公園の一体的な緑の計画により、地域の緑の核となり、緑のネットワークを形成します。そちらが点から線へ、線から面へ広がる緑のオープンスペースを創出します。 三つの学校が統合し、一つの敷地に集まると、かなりの建物ボリュームになります。 住宅街に位置する本敷地は周辺環境にも大きな影響を与える計画であることから、この学校を作ることで周辺環境に何か寄与することができないかと議論を重ねました。 その結果、これまでの学校は、擁壁などで四周囲われていることが一般的ですが、緑とオープンスペースを学校と地域で享受することで地域と繋がるインターフェースになることを目指しました。
- 通常、学校では、南に面したグラウンドから朝登校することが多いです。今回は敷地の特性上北側に近接して中学校のグラウンドがあることから、南北方向からの登下校かつ北側が学校の表となる特徴を持っています。平面計画に南に面して普通教室を北側に特別教室群を配置し、表裏のない学校を計画しています。北側には武道場、特別教室の用途ごとに分節されたボリュームが住宅街に溶け込むような構成で、各特別教室、武道場、体育館から子どもたちのアクティビティが公開空地に表れてくるような計画です。ベンチなどもしつらえて、子どもたちのコミュニケーションの場であると共にすぐ横では地域の人たちが歩くなど、地域のコミュニケーションの場として形成されています。
- 北側の公開空地を中心に、ランドスケープや植栽計画は各ゾーンにコンセプトを持ち、個性を創りました。北側の公開空地は、「桜の森」と呼び豊島区発祥のソメイヨシノを植えた桜並木です。入学式のときなどは、桜が子どもたちを出迎えるような公開空地です。 東側の公開空地は、「学校の森」です。これまでの旧校舎にあった既存の樹木などを整備して、ビオトープなど、学びの教材となるものを中心に計画しました。ビオトープは田んぼと一体になっており、地域の方々と田植えを行うなど地域とのつながりを生んでいます。 公開空地をポケットパークは、学校の敷地内に少し入り込む形で、でこぼこをつくり、そこが地域の方も入り込むことができるようなポケットパーク的なオープンスペースとなることで、地域の方々も日常的に田んぼの生育状況を見ることができるような環境づくりを整備しています。
- 屋上部分にも「学びの庭」を整備して、武蔵野の台地に生育していた植物が、児童・生徒が植物を育てる花壇として整備しています。 普通教室に面するバルコニーには壁面緑化を行い、日射遮蔽効果を持たせる等、学校全体が四季を感じ、学習教材となる緑の校舎です。緑が顔となる学校であることから外観ではアースカラーをベースに土を感じるようなファサードの素材を選定しました。
- 最後に旧校舎の北側道路の風景です。周辺環境を大きく変えて、地域とつながった校舎です。この学校はこれまで説明したオープンスペースと学校の外壁にてセキュリティーを担保しています。セキュリティーの確保が高く求められる東京23区の中で、表裏がなく、地域とのインターフェースとなる学校計画をつくることができたのは、東京の中でもあまりない風景を創り出せたのでないかと考えています。
- 高柳
- 豊島区立池袋第一小学校の説明をします。コンセプトは、森の中の学校です。豊島区立池袋本町小学校・豊島区立池袋中学校とのつながり、緑のネットワークの中の学校として進めています。豊島区役所は、大きな樹木として見立てられており、屋上には、豊島の森として、屋上緑化をかなり意識的にかつ効果的に行っている建物です。その建物と連携し、緑のネットワークの一部として、豊島の森のブランチ、ブランチとは、枝、拡張という意味ですが、豊島区役所のブランチとしての役割を、池袋第一小学校では担っていこうとしています。またかつての武蔵野の丘や自然を再現して、100年後の未来につなげるような取り組みのできる学校を目指しています。 敷地面積は約5700m2、延床面積は約8000m2とコンパクトであり、地上5階建ての都市型校舎を実現しています。4階までを普通教室にして、屋上にプールを配置する、ゾーニング的に都市型を意識して造っています。屋上部分にも緑化を施し、都市型校舎で高層化した部分も緑の景観として見せることを強く意識しています。また、それらを表出するようなファサードにしています。 また校舎は、本町からのつながりもあり、ファサードとしてはアースカラーを中心に作ります。
- 建物が階段状となっており、日影規制、道路斜線等の影響がありますが、それらの階段状になった形態を生かして、各階に緑化をしていくことが、丘をつくるという意味でのコンセプトを実現です。また手前にソメイヨシノ、エドヒガンザクラ、桜を植栽することで桜のレイヤー、中央には広場としてのケヤキを植栽し、樹木によるレイヤーをつくることを意識しています。またその奥には、子どもたちの活動が表出してくる学校らしい風景をつくるところを目指しています。 地上部分の植栽計画については、ケヤキの広場、歩道状空地を確保しながら、それぞれの部分で、どんぐりの門、武蔵野の森といったゾーニングを行っています。また豊島区はかなり低層の住宅が密集しており、木造密集地域です。防火帯の意味も兼ねて、常緑樹を植えていきます。これらが緩衝体となり、校庭で生き生きと育つ子どもたちを見守っていく形がつくれています。 さらに屋上にはそれぞれの階に特別教室があります。例えば3階の部分には、図工室、その隣には音楽室、それらに関連する樹木、音楽室であれば、桜がよく歌に出てきますのでソメイヨシノを、図工室であれば、よく図工で使う樹木を植えます。理科室の前には、観察できる畑を作る、学習情報センターの前では、景観を楽しむ、家庭科室には、実がなるようなものを植えるなど、各教科と関連づけて、子どもたちの学習と関連するような植栽計画、かつそれらを活かして、武蔵野の森、森の中の学校を実現していく設計をしています。
- 風景をつくる手段としては、各階の屋上緑化が特徴の建物ですが、アリーナとその上に図書室が配置されています。断面構成がかなり特徴的です。下階がアリーナですので、柱を落とすことができない中で、構造設計では、1層分の大きなトラスを作り、4層を吊っています。断面構成を実現するのに、平面的にもかなり苦しいところを技術的に、屋上緑化しても大丈夫な構造体をつくり、構造と環境が一体となった計画になっているのではないかと思います。冒頭の北側からの景観に行き着いているのが、こちらの建物の大きな特徴です。 最後に、この学校は植栽がたくさんありますので、区から、メンテナンス方法を求められました。年間のメンテナンスコンセプトを、外構計画の協力事務所であるカネミツヒロシセッケイシツ 金光氏と一緒に立てました。見回りをする、落葉樹を剪定するなど、どのようなタイミングで行うのかについて示して、資料をもとに、維持管理業者の選定を現在行っています。
- 根本
- こちらの2プロジェクトをプレゼンするにあたり、高柳さんと打合せの中でこんな話をしました。冒頭に、点から線へ、線から面というキーワードがありました。豊島区立池袋本町小学校・池袋中学校が、敷地の周囲に特徴的な緑化歩道を起こして地域につなげるところにいくと、「点から線へ」、となり、豊島区立池袋第一小学校は建築全体に緑を施しました。それが「線から面」になり、学区全体が学校を中心に緑のネットワークを作り上げることができたのではないかと、2人で話していました。
- 金子
- ありがとうございました。とても濃密なプロジェクトです。
- 金子
- とても近い距離で、二つを程なく行っているのは、レアケースではないかと思います。最後に話がありましたが、点、線、面と展開しているのが、素晴らしいプロジェクトになっているのではないかと思いました。豊島区立池袋第一小学校の途中で話があった構造と環境、アリーナの構造、解決方法、環境をつなげているところは、まさに本日の話で、ランドスケープが構造と環境の関わり代、つなぎ代になっているのではないかとお見受けしました。法的にやむを得ずこのような階段状になりますが、うまくランドスケープという要素を使い、構造と環境をつないでいくという、見事に実践されているところだと思います。
- 金子
- 小学校は、例の事件以来、昨今、閉じた感じになります。恐らく境界のつくり方はとても重要です。今回の風景、ランドスケープでは、いかに境界を消失させるか、そのようなところも一つのテーマなのではないかと思い、こちらのプロジェクトを拝見しました。そのような意味では、境界がどこなのか分からない感じに見えて、とても良いと思いました。そのようなことがランドスケープにより実現されているのではないかと思いますし、ポケットパークの作り方は、とても素晴らしいです。このような作り方は、今後も類似事例が出てくるのではないかと思いました。
- 高松
- 豊島区立池袋第一小学校は段々に屋上緑化されていますが、そこに人がいるのが建築との関わり方で大事なのではないかと、今治市営スポーツパークのプレゼンテーションを聞いて思いました。実際に、段々で使う所と生徒の活動する場所のつながりは、視線的なものなのか、直接的なものなのか、その辺りはどのように計画していますか。いろいろな制約があると思いますので、どのように設計したのかについて聞かせてください。
- 高柳
- 屋上部分については、ぐるりとテラスになり、特別教室から直接外にアプローチすることができます。段差はありますが、そちらを登りテラスにアプローチして、樹木と一緒に風景を楽しむ計画が、各階で特別教室と関連して、テラスがあるのが特徴の一つです。
- 高松
- 休み時間は、自由に制約なく出入りできる場所ですか。
- 高柳
- こちらの学校の場合、南に面して普通教室を配置して廊下がありますが、子どもたちが、廊下から屋上緑化に出ることはありません。あくまで屋上緑化と触れ合うのは、特別教室側です。休み時間に出るシチュエーションがあるとすれば、真ん中に図書室、学習情報センターがありますが、そちらからのアプローチになると思います。休み時間にそこで憩うのはあまりありません。豊島区立池袋本町小学校と同様、2階の部分に大きなテラスがあり、各階にも緑化バルコニーがあります。その中で、基本的にはポット内の花木をめでる感じは、南側のバルコニーは行うことができます。このような形で、各階にあるバルコニーで、自分たちのアサガオを育てるなど行うと思いますが、活動の場所にも使うことができるようなバルコニーが各階にあるのが特徴ではないかと思います。
- 高松
- ありがとうございました。
事例4:自治大学校
- 金子
- 本日最後の事例です。自治大学校について、東京オフィス木村さんからお願いします。
- 木村
- よろしくお願いします。 自治大学校は自治省の研修施設です。生活を通して学ぶことをコンセプトに、全国の自治体から研修生が集まり、約1年間住みこみで学習するための施設です。2003年に竣工しました。当時、国を挙げてつくったグリーンビルディングと言って良いのではないかと思います。 こちらは工事中に作成したパンフレットです。約300㎡の広大で恵まれた立川の土地に、学寮棟、厚生棟、研修棟、管理棟、講堂・体育館棟が計画されています。
- 当時私は、設備設計者は機械設備だけを担当して設計デザインするものだという意識がありました。しかし、自治大学校の設計を通して、設備設計者も外構や敷地全体のデザインを担うのだと教えられました。 こちらが環境断面図です。竣工から15年後に訪れたとき、石本建築事務所の環境配慮建築の原点だと、あらためて思いました。特にビオトープが素晴らしく成功しており、周囲の環境への配慮が成功すると、これほど美しくなるのだと感じました。竣工したときは、本当に木は少しでしたが、見事に成熟しています。
- 環境負荷低減の提案として、周辺環境への配慮があります。 イギリスの田園都市の計画手法を参考にしたと書かれています。敷地周囲に街路樹を並べ、内部の空いた敷地に緑化を展開しています。 敷地の中に入ると、広大な敷地の中に建物が分節し、その間に庭を挟んでいます。東から入ると、イベント広場に面して食堂があり、正面にビオトープの池がみえます。
- 2003年の竣工時の航空写真です。屋上には、太陽光発電、太陽光集熱などいろいろな機器が目的別に設置されています。食堂の上から光が入るようにガラスがあり、太陽光発電が仕込まれています。デザインと環境配慮が巧みに調和されている印象でした。
- 各階平面図です。設備機械は100年更新に対応することができるように、車が地下まで乗り入れられる搬入路をつくり、容易に更新することができるようになっています。学寮棟は中央にボイドの通風空間を取っています。3階建ての共用ホールを通して、吹き抜けでつながっており、自然通風、自然排気をしています。
- この建物は、建築デザイン、構造、設備の検討だけでなく、建物全体としてLCCOを初期から計算し、設計に反映してきました。成果品として出したときは、年間1235MJ/m2年、標準モデルに対して18%の削減になります。
- 18年前と現在の対比を写真でまとめました。左が竣工したときの2003年です。 先日、金子先生と伺ったときは晴れていて、緑が充実して、池も成熟していて、周りの植栽が成長して、ビオトープの池が鏡面で、とてもきれいでした。 右上の写真は盛土してできた丘です。丘も散策路として成熟した状態でした。 大雨が出たときに水をためるためにグラウンドを掘削し、その掘削土で丘を作りました。屋外に施設計画の環境配慮をすることにより、竣工した風景が、まるで昔からあったかのように感じられます。 竣工して1年目は、外構にぺんぺん草が生えており心配な状態でした。しかしその後、寮に住む方々も清掃に参加するなどメンテナンスを組織化し、体制を確立したことで、現在まで散り一つ落ちていない状態です。
- 建築とランドスケープの一体感を感じられる場所としては、研修棟の間にある光庭の植栽とランドスケープだと思います。木がしっかりと茂って、まさに共生した空間が出来上がっていると思いました。
- 自然通風が全館機能していますので、コロナ禍の中でも、安心して自然通風を活用しているとのことでした。講義室から出た風は、ホール上部から排出されます。設計の配慮としては、防風カバーを付けていて、風があったとしても中から外へ空気を出せるように配慮しています。ガラスにジャロジーを付け、自分たちでハンドルを回して開けることで排気します。
- 学寮棟には、夏にあまり冷房を入れないで、自然通風で過ごしてほしいという想いから、引戸の木製サッシと網戸を仕込みました。ガラリの手前にある収納棚を開けると2方向通風ができ、風が抜けるようになっています。 建物南側には日射を遮蔽する水平庇、ライトシェルフを設置しており、こちらも効果を確認することができました。
- ランドスケープは四季に配慮し、年間を通していつも花が咲く、緑と花にあふれた空間として計画されました。
- ビオトープ池の紹介になります。竣工から15年経過しましたが、ランドスケープは時間を超えて根ざしていくことが大切だと改めて確認できました。 植物を殺してはいけないと言われていましたので、ろ過循環装置の計画を慎重におこないました。ろ過循環装置は薬剤を一切使わないで、紫外線殺菌ランプを使っています。 全体の敷地の中でも、地下室を中央あたりに配置していることにより、ビオトープ池からの水の循環システムがうまく計画されており、大きなトラブルもなくその後も順調に機能しています。
- 私からは以上です。本日は、計画に関わった奥井さん、中山さんは参加されていますか。当時の話など、思い出すことがあればぜひ紹介していただけませんか。
- 奥井
- ありがとうございました。懐かしいです。ランドスケープでわれわれがデザインするものは、建築と違い、相手が生き物ですので、変化して、成長していきます。どのようになるのか、そのときに思っていた思いがどのように実現するのかについては、当時も非常に不安でした。とても良い形になっているようですので、安心しました。私もあらためて実際に見に行きたいと思いました。
- 中山
- 自治大学校はプロポーザルで取ったプロジェクトで、石本建築事務所は街区全体を提案しました。エベネザー・ハワードの田園都市、ロンドンのレッチワースを想起させる円弧状のデザインがあります。こちらが街区全体に、例えば楕円でつながり、中心がコモンという緑豊かな公園を作り、街区に対しては建物で街並みを形成していく。そのように街並みの中にも広場を点在させていくような大きな街区計画を評価され、当選しました。 この街区のなかで最初に自治大学校が竣工しました。断絶されているように見えていますが、実際は街路も独立行政法人国立国語研究所の中まで続いています。裁判所、研究所などいろいろな建物が街区に沿って配置されています。 最初に私たちが提案したように、中心に大きなコモンを作り、その周りに建物を配置することは実現できませんでした。そのような意味では残念でありますが、ただ、もともと立川基地の跡地であり、平坦でなにもなかった場所に、場外搬出の土を中で処理することで築山を作り、緩やかな微地形と、武蔵野の森・原風景の復活として雑木林を再生した、というところが、本日の説明を受けて、20年経ってようやくできたのだと感じました。 建物と共にランドスケープも成長するのだという話を聞くことができてうれしかったです。ありがとうございました。
- 金子
- 当時、携わった人の話を聞いて、私もうれしい思いで聞いていました。現地に伺う前は、どのような建築なのかについて資料を拝見していました。やはりランドスケープの力、建築の力、というか、伺ってみて初めて質感が伝わってきました。 先ほど話がありました通り、20年という時間こそが建築、ランドスケープ、空間、場所を作り上げているという感じがしました。竣工当時、計画当時に持っていたポテンシャルが時間により熟成されたのではないかと思います。 何よりも配置がすばらしいと思います。研修棟が内外で互い違いに並び、貫くような北側のアトリウムがあります。北側のアトリウムから見る中庭は、順光の光がとてもきれいです。このような風景がどこにいても見ることができることが素晴らしいです。階段室からも、移動のときにも確認することができます。 学寮棟も比較的大きなボリュームですが、雁行させつつ、少しボリュームを分けることで、建築の中に入ると大きなボリューム感が創出して、よりヒューマンなスケールで感じられるところが、建築とランドスケープの接点のようになっていて、とても素晴らしい建築だと思いました。 この配置は、コロナ禍の中で、とても機能していると聞きました。中庭を持っている配置がやはり自然換気、自然通風を可能にしているのではないかと思います。 ありがとうございました。