環境統合技術室

第4回環境建築フォーラム

構造からみた
環境統合

2020年12月24日 17:00~19:30

座長:金子尚志 / 総合司会:環境統合技術室

石本の構造デザインとは何か。設計の技術と、挑戦した実績から読み解く。

石本の構造デザイン-1

司会
きょうの環境建築フォーラムのタイトルは、『構造からみた環境統合』です。3回目は、コロナ禍をまさに経験している今、『地域の風における環境統合』というテーマで、行いました。
このとき紹介した、私たちの大先輩である立原道造さんの論文「建築衛生学と建築装飾意匠に於いての小さい感想」の中に、『そして、新しい建築構造学は、建築衛生学・計画学から、他のすべての建築学と同様に出発していくべきではないかと思います。』という一文もありました。
金子先生に開催主旨をまとめていただいたように、「これからの時代は環境との結びつきを意識することで、環境統合において大きなブレイクスルーの要因となるだろう。」と思われます。
原・横川
まず私たちから、『石本の構造デザイン』の話をします。石本の構造デザインとは何かを考え始め、3冊の本を見つけました。『石本建築事務所50周年記念誌』、同じ時代に出版された『建築画報』、同じく、『石本建築事務所50年のあゆみ』です。 石本喜久治先生は、当時、活躍する建築家、本の中ではサラブレットと呼んでいますが、そういった建築とは異色の庶民的な性格だったそうです。1951年の法人化当時、構造は外部の協力を受けていました。1955年頃から社内エンジニアの整備に努力し始め、1973年、今の本社ビルが造られています。
石本の構造デザイン
50周年記念誌には作品が用途ごとにまとめられています。どの作品も力強くて決して古くはないという印象を持ちました。蒲郡体育館はDOCOMOMOに選定されています。中央大学図書館は、今見ても斬新でとても格好よく、また広島城など少し特殊なものにもチャレンジしています。
中央大学図書館
広島城
蒲郡体育館
この50周年記念誌に、『新たな軌跡を求めて』と題し、この中で『多様化、専門家の進む中で、とかく見失われがちな全体像を確実に把握し、未来的な展望の下にその好ましい在り方を建築像として社会に提示』と記されています。これはまさに今、われわれが取り組んでいる環境統合技術の基本となる考え方に同じです。『50周年のあゆみ』からの抜粋では、石本建築事務所の何をもって「石本らしい設計」というか定義しにくい様子がうかがえますが、個性や独善性に固定化するのではなく、設計に客観性や合理性の賦与をかざすことが、石本が目指していくべきものだろうと読み取れました。良い建築、良い設計など、今も変わらず議論されています。
『50周年のあゆみ』抜粋1
『50周年のあゆみ』抜粋2
構造の歴史は社会の災害と密接につながっていて、地震が起き、今まで分からなかったことが分かるようになってくる。そして構造もそれに耐えられるような設計をしていく流れがあります。近年ではデジタルデザインが普及し、その性能が上がると、構造もどんどん自由度があがり、解析技術の進化がみてとれます。
昭和~令和の構造史1
昭和~令和の構造史2
昭和~令和の構造史3
昭和~令和の構造史4
ここからは、石本の構造デザインと題して、その設計の技術と、挑戦した実績をお話しします。①高層、②免震・制振、③大空間、④木造、⑤ローコスト、⑥最適プラン、⑦特別なニーズ、⑧積極的な環境形成といった8つのカテゴリーから作品をピックアップしました。 まず、①「高層」事例1:本田青山ビルです。これは石本初の超高層建築です。事例2:興和川崎東口ビルです。高張力鋼という、材料強度の非常に高い鉄骨を1988年竣工のビルに採用しました。このことをきっかけに、社会に高張力鋼が普及していきました。
本田青山ビル
興和川崎東口ビル
②免震・制振です。免震は1996年の八戸市旧庁舎から始まっています。本日ピックアップした作品をはじめとして、どれも設計のテーマを見据え、構造設計にチャレンジしています。事例1:きらぼし銀行新宿本店です。地下階の柱を2層分の通し柱として建物の長周期化を図ったソフトファーストストーリー制振です。事例2:ミツカングループの本社ビルです。既存のビルをレトロフィット免震とし、さらに、増築した新建物と一体の免震構造として全体の高い安全性を確保しています。
石本の免振構造
きらぼし銀行新宿本店
ミツカングループ本社ビル
③大空間です。事例1:福岡県立総合プールは、中央に大きなキールアーチを掛ける、非常にシンプルな構造で、迫力のある美しい空間を造っています。事例2:浦安市総合体育館・屋内水泳プールは、張弦梁とトラスを配列し、軽快な構造です。事例3:彩の国くまがやドームは梅沢良三先生との協働で、ライズの低い単層格子シェルで、鋼管の継手がねじ接合になっているところが特徴で、とても細い部材で構成されています。事例4:大田区総合体育館は、多面体屋根の稜線に三角トラスを通し、トラスの集合する部分は立体トラスのボールジョイントを使って接合しています。 事例5:田辺スポーツパーク体育館は、PCで大空間をつくった数少ない事例です。屋根の中央部分は鉄骨造の相互依存梁としています。事例6:胎内市総合体育館は、アルキメデスの平面充填をヒントに、正方形と正三角形の組み合わせによる部材配置を先に決め、そこから屋根の構造へと展開していきました。事例7:三木市民体育館は、「金物のまち」の体育館として、アングル材の角を立てたアーチトラスをつくりました。事例8:岩国市立東小中学校体育館は、錦帯橋をイメージして、方杖・もちおくりのアーチをつくりました。木造ではよく見る方式を、鉄骨造でディテールを工夫しました。
福岡県立総合プール
浦安市総合体育館・屋内水泳プール
彩の国くまがやドーム
大田区総合体育館
田辺スポーツパーク体育館
胎内市総合体育館
三木市民体育館
岩国市立東小中学校体育館
④木造です。事例1:氷見市ふれあいスポーツセンターは、大断面集成材を使った木造アーチで、BVDハンガー接合を用い、きれいな弧を描く屋根をつくっています。事例2:愛媛県武道館は、木造ハイブリッドトラスで、妻面にある丸太柱が非常にエモーショナルで、建築空間全体に厳かな迫力を感じました。事例3:タクミアリーナ(大館市樹海体育館)は大断面集成材を用いた張弦梁を配列しています。梁のピッチが細かく、繊細な印象です。事例4:大分県の昭和電工武道スポーツセンターは、地元の製材を用いた木造のアーチトラスです。アーチは接合部の形状がすべて同じになるような部材配置の工夫がなされています。事例5:亀山市立関中学校は、木造の小学校で、エンジニアリングウッドに鉄筋を通してフレームをつくっています。事例6飯能市立図書館は、丸太柱の上に鉄骨屋根が載る形式ながら、とても木造感あふれる空間です。丸太の接合部は実験も行いました。 事例7:雄武町図書館は、木造の上弦材と鉄骨の下弦材を組み合わせた木造サスペントラスです。そのサスペントラスの進化版となる事例8:東海大学九州キャンパス臨空校舎(施工中)は、一枚のCLTをくりぬいて、それぞれを梁の一部として活用する計画としています。
氷見市ふれあいスポーツセンター
愛媛県武道館
タクミアリーナ(大館市樹海体育館)
昭和電工武道スポーツセンター
亀山市立関中学校
飯能市立図書館
雄武町図書館
東海大学九州キャンパス臨空校舎
⑤ローコストです。ローコストこそ構造の技術が要になります。工場やショッピングセンターなど軽く、資材を少なく設計することは、建設時の排出CO2削減につながります。構造の経済設計と環境設計はウィンウィンの関係で、経済的でありながら、環境に優しい設計になります。
ローコストへの挑戦
⑥最適プランでは、学校をピックアップしました。事例1:江戸川区立船堀小学校は、回遊性を図った立体的な施設の構成を純ラーメン架構で実現しています。事例2:相模女子大学5号館は、実習室と廊下の境にプレキャストコンクリート造の市松耐震壁を配置し、フレキシブルでありながら構造が空間に溶け込んでいます。事例3:長野県立大学は後ほど詳しく説明させていただきます。
江戸川区立船堀小学校
相模女子大学5号館
長野県立大学
⑦特別なニーズです。事例1:1989年に竣工した北海道大観音は、高さ88mの観音像で、RCのシェル構造となっています。事例2:オホーツクタワーは、流氷が押し寄せる海に建つ海洋建築物です。陸上で一旦躯体を造ってから海に運んで沈めるという、非常に珍しい工法です。事例3:La CITTADELLAは、複雑な平面形をもつ、様々な建築群を構造でもしっかりとまとめあげています。事例4:M社守衛所は、素材のもつ力として、鉄骨柱を細く見せることに挑戦し、大きさ44mm角の柱としました。事例5:Tette須賀川は、ずれながら積層する床を、メガトラスからのおかだち柱や吊り柱で支えています。事例6:岩国市立東小中学校の連絡橋は、鉄板サンドイッチ構造にチャレンジし、錦帯橋からつながる岩国の橋文化への貢献に努めました。
北海道大観音
オホーツクタワー
La CITTADELLA
M社守衛所
tette
岩国市立東小中学校連絡橋
⑧環境統合を積極的に目指したものです。事例1:東邦大学習志野キャンパス スポーツアリーナは、自然光のリフレクターとなる外周の壁に対し細いブレース架構として光を阻害しないことに努めました。事例2:岩国市立東小中学校 校舎棟は、フィーレンディールのPCフレームをファサードに、自然光をコントロールすることで、黒板の見やすい光環境に寄与しています。事例3:上田市庁舎は、構造、設備、電気、エンジニアが三位一体となって内部空間をつくっていきました。
東邦大学習志野キャンパス スポーツアリーナ
岩国市立東小中学校校舎棟
上田市庁舎

石本の構造デザイン-2

司会
では構造設計者としてご活躍していらっしゃる、石本OBの金田さんからお話をうかがいます。
金田
構造計画プラス・ワンの金田と申します。私は、石本建築事務所に入社したのが1968年、それから18年ほど石本に在職しました。その期間に印象的だった設計について、数件お話をさせて頂きます。 まずは松山の市庁舎です。データが手元にないので定かではないのですが、石本が高さ31mを超えた初めての物件ではないかと思います。11階建てで、高さは40m弱でしたでしょうか。これは今から2年前に竣工後初めて44年ぶりに訪れたときの写真です。市庁舎も周りの環境も、よくメンテナンスされていてきれいに使ってくださって、とてもうれしかったです。 これは私が石本に入って4、5年後に担当した建物ですから、今思えばよく私のような経験の浅いものに、こんな大きな建築の設計をさせて頂いたものだと思います。
松山市庁舎
次は本田技研の本社ビルである本田青山ビルです。平面形状は約38m角の正方形で、構造形式はその四辺をブレース付き一方向ラーメン架構で囲んだチューブ構造としています。室内の中心に谷約19mスパンに、4本の柱を設けて、床を支えています。地震力には外周のチューブ構造で抵抗し、鉛直加重は主に室内の4本柱で支えるという構造です。チューブ架構面内には、構成部材を細くすると共に、架構の水平剛性を確保するために、外周部四面にそれぞれ一組ずつブレースを組み込んでいます。 このプランは、多くの点で当時本田技研の最高顧問であった本田宗一郎さんのご意見を反映しています。その中で最も大きな点は階段の配置と、オフィスビルでは珍しいベランダの設置でした。本田宗一郎さんは、人間は、火災や地震などの危機のときには必ず四隅に逃げる習性があるのだから、その四隅に避難階段を作っておけと強く主張されました。しかし四隅の内、北東の隅から、青山一丁目交差点を挟んで東宮御所の緑が良く見えるのです。その緑を防火壁で囲まれた階段で隠してしまうのは忍びない。そこでその隅の階段をやめる替わりに、建物の東面と北面にベランダを設けて、階段のない東北隅に逃げた人が、そのベランダを通って他の階段に行けるようにしています。また大通りに面した外壁にベランダを設けることで、万一外壁面のガラスが破損落下しても、その破片が道路に落下することを防ぐことができるという2重の安全策になっています。 外壁はプレキャストコンクリートとアルミの2つ、案がありました。本田技研の方から、「この建物を解体するとき、外装がプレキャストコンクリートだったら、それがただのごみになるだけだけれども、アルミにしておけば資源になる。生産過程で大量の電気を使ったアルミ合金は、その中に大量の電気を蓄電しているのと同じなので、建物解体後の廃材が有効資源になる」という話がありました。なるほど、自動車関係の企業人は、建築物の安全対策とLCCきちんと考えている。勉強になりました。
本田青山ビル外観
基準階平面図
基準階伏図
この本田青山ビルが石本にとって初めての超高層高層ビルということで、当時、東大の工学部長していた梅村魁先生に、技術顧問になっていただきました。 梅村先生は2つ、重要なことをおっしゃいました。ひとつは、せっかくだから、これまでと同じことをやるだけでなく、何か先進的なことをすべきということです。それで、今では当たり前のことですが、青山に発生し有る模擬地震動を作って、その地震動を用いた動的解析にチャレンジしました。 これは私達の力不足で最後までやり遂げることができなかったのですが、もうひとつは、偏心ブレースの実験です。梅村先生から、設計者は、自分が設計したものがどういうふうに壊れるのかを確認しなければ駄目だ。ブレースを偏心ブレースとするなら実験をしなさいと強く言われました。そのお陰で「金が掛かる」と渋る上司も大先生からのお言葉なら仕方がないということで、実験をすることができました。 実験体は普通のK型ブレースと偏心ブレースについて行いました。実験結果から、K型ブレースでは、ブレースが座屈してしまうと挙動がとても不安定になって、急激に耐力が落ちてしまいます。一方偏心ブレースは、ブレースが終局時まで弾性範囲内にあって、パネルゾーンの降伏でエネルギー吸収していることがよく分かります。
軸組図
ブレース実験体図面
K型ブレース実験結果図
偏心ブレース実験結果図
実験写真
以上のような事例が、石本建設事務所に在籍中の印象的な設計でした。

横川 和人 エンジニアリング部門統括 兼 技術グループ統括

1961年
新潟県出身
1987年
早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻建築学専門分野修士課程修了
1987年~現在
(株)石本建築事務所
2005年
構造設計監理部部長
2020年
エンジニアリング部門統括 兼 技術グループ統括
2014年~2016年
日本建築学会関東支部常議員
2016年~現在
JSCA 会員委員会

原 健一郎 エンジニアリング部門構造グループ部長 兼 環境統合技術室

1968年
神奈川県出身
1991年
武蔵工業大学建築学科卒
1991年~現在
(株)石本建築事務所
2019年
構造グループ部長
2011年~
環境統合技術室
2013年~
JSCA 構造デザインWG
2019年
第30回 JSCA賞奨励賞受賞